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沿ドニエストルが舞台の小説『シベリアの掟』(ニコライ・リリン著)を読んでの感想(2)

 引き続き『シベリアの掟』の感想です。

沿ドニエストルが舞台の小説『シベリアの掟』(ニコライ・リリン著)を読んでの感想(1)

 この本で印象深く読んだ件はいろいろとあるが、刺青には物語があり、その人がたどってきた人生が読める、という話は興味深かった。様々な事情で途中まで仕上げられた刺青を、別の刺青師がそのメッセージを的確に読み取り受け継ぐ話などを読むと、私の周囲で刺青の話を聞く機会はほとんどないが、昔は日本人も普通に刺青をしていたわけで、刺青にも様々な文化的背景があるのだな、と思った次第。

 犯罪社会でも民族ごとに集団となっており、それぞれの民族同士の関係を反映して、友好関係が築ける集団とそうでない集団がある、というのも、興味深い話だった。シベリア犯罪共同体「ウルカ」はアルメニア人の集団と友好関係にあり、ベラルーシ人とも悪くない関係にあるが、グルジア人とは「掟」に対する考え方が大きく異なることから、近寄らないようにしていた、とあり、ウクライナ人とも、彼らがロシア人を憎んでいることから感情的対立となり「心から憎みあう関係」となった、とある。

 沿ドニエストルはその南北に細長い国土の東西をウクライナとモルドバに挟まれいてるが、ウクライナ人やモルドバ人は、そうした掟の理解者ではないことから、侮蔑的な表現を使って扱われていて、あまりいいようには描かれていない。例えば、1970年代から旧ユダヤ人地区にウクライナ人が住み始めたが、そうした家族の娘は「軽い女の子」たちが多く、「その性的にオープン過ぎる振る舞いは、結果的に彼女たちの人生を縛り、困難なものにした」とあり、「他の娘たちのように夫をみつけて家族を築きたいと望んでも、それはもう不可能」で「自ら死を選ぶ気の毒な女たちはあとを絶たなかった」とある。まだソ連時代の話ではあるが、「ベンデルにやってきたウクライナ人の若者たちは、暴力的な形で両親から引き離され、何の助けもないまま放置されていた」ともあり、社会主義国ソ連にもこうした社会問題があったものと見える。

 旧ソ連の国々の街には比較的治安が悪い地区というのがあるにはあるようだが、昔からずっとその地区に住み続けてきた人の末裔が今もそこに住む、というのでは恐らくなく、どういう経緯でそういう地区が出来ていったのか、よくわからない。この本では「バム地区」というバイカル・アムール鉄道に由来する名称を持つ地区がそのような地区として描かれており、「無知蒙昧ゆえに善良な犯罪者としての規範も守れなくなったろくでなし」の集まる場所で、窓から新生児が投げ捨てられたり、親子や兄弟間で殺し合ったりするなど、「無知と絶望は人をここまで荒廃させるのか、という血の凍るような話」が少なくない場所とされている。ここは犯罪者といえども「穢れるため」うかつには手を出せない場所とされ、暴力が支配する無秩序の街として描かれている。

 この街が実在するのか気になったので、ググってみるとWikimapiaに“Солнечный(ソルニェチヌィ)”(太陽地区) とあり、存在するようだ。ソ連でよくある工業地帯に併設して建設された街らしく、YouTubeに上がっていた街の動画を見ても、ウクライナやロシアの都市でよくみかける風景が流れているだけだったが、夜になると豹変するのかどうか。

 この本には時折日本にまつわる話題が出てくるのだが、p184あたりに1940年代末にシベリアの民と共に強制移住でベンデルに運ばれてきたボリシュカと呼ばれる元日本兵の話が出てくる。彼はノモンハン事件で捕虜になったあと偶然コザック軍に拾われ、「忍者と殺し屋の土地である伊賀の出身」とのことで、互いに技術を教え合ううち、アタマン(コザックの首領)に気に入られ、戦後アルタイ地方でアタマンの長女と結婚し、ボリスという洗礼名を得て、アムール川のほとりに住むようになるが、コザック共同体の自治独立の気風からソ連政府に目をつけられ、アタマンは処刑され、その家族は沿ドニエストルへ強制移住させられた、とある。

 彼は主人公の少年から敬愛されており、シベリアの犯罪共同体に入ってからも「犯罪社会の掟をすぐに理解し、誠意を持って約束を守る男」ということで敬意を勝ち取った、とある。

 10年ほど前にウクライナのジトーミルに元日本兵の上野石之助さんが住んでいることがわかり、日本に里帰りされたことがあるが、知られていないだけで、まだ多くの元日本兵が旧ソ連の国々で生きている可能性があるのではないか、と思う。

 この本を通して一番印象に残ったのは、少年の確固とした長老への敬意で、それは共同体が機能していることの何よりの証といえるだろう。あとがきの解説によると、この小説は三部作の一作目であり、少年はその後、チェチェン戦争で生死の境をさまよい、さらに除隊後のロシアでPTSDを患いながら、自身のルーツを求めシベリアに向かい、自らを取り戻す、とのことであるが、こうした帰属意識を持つことの出来る共同体があったことで彼は再生できた、と言えるかもしれない。読んでないからわからないが。

 というわけで、引き続き、二作目、三作目の翻訳を待望。翻訳も最初はちょっと固いか、と思ったが、読み進む内にこの文体が原著者のスタイルに合致したものと思えるようになり、元がロシア語の部分にどうしてもひっかかる箇所がいくつかあったものの、他は特にひっかかることなく読める翻訳で、同じ訳者による翻訳作業がもうすでに始まっているものと期待したい。

沿ドニエストルが舞台の小説『シベリアの掟』(ニコライ・リリン著)を読んでの感想(1)

 また、少しずつ読んでいた本を先ほど読み終えたので、メモがてら感想を書いておきます。

 この本は近場の本屋でタイトルに惹かれて、ふと手に取った本だが、どうやらウクライナの隣国モルドバにある未承認国家の沿ドニエストル共和国が舞台の小説ということが分かり、内容がどんなのかもよく知らずに買ってみたのだった。

 読み始めると、どうも犯罪組織の話で、あまりマフィアものとか犯罪小説の話は読まない方なので、うーん、これはちょっと失敗したかも、と思いつつ、そして、翻訳も決して私好みというわけではない文体のようで、読み進むことにやや躊躇したが、そのまま読み進めると、「善良な犯罪者」なる不思議な言葉がよく出てくる小説で、またこの本のタイトルにある「シベリアの掟」に従って生活を営む人々の共同体の中で生きる筆者の分身たる少年が至極まっとうな感覚の持ち主で、語られる様々なエピソードの細部が興味深く、最後まで飽きることなく読み終えることができた。

 この小説の舞台は沿ドニエストル共和国の首都チラスポリ市の西に位置し、モルドバに隣接するベンデル市という街で私もチラスポリに行くときに通った街だ。10万人弱の人口規模の都市で、バスの車窓から見ただけだが、十分賑やかそうな町に見えた。また、沿ドニエストル共和国はモルドバの東部を流れるドニエストル川沿いにあるからこの名称がついているわけであるが、ほとんどの国土はドニエストル川の東側に南米のチリのように細長く南北に伸びる中、ベンデルは例外的に川の西側に位置する街となっている。

 沿ドニエストル共和国はその謎めいた有り様で時々話題になるが、ここに住む人々がどういう経緯でここに住むことになったのかまではあまり知られていないように思うし、私もほとんど知らない。話されている言語がロシア語でロシア系の人たちが多いらしい、という通り一遍の知識しかない。実際、チラスポリでは街で見かける言語はほぼすべてロシア語で、人々の話す言語もロシア語しか聞かなかった。ちなみに他のモルドバの街では決してそうではなく、モルドバ語が話されているのも当たり前だがよく耳にした。

 この本のp73の最後の行から、シベリアの民が沿ドニエストルに強制移住させられる件が書かれており、シベリアの村にいきなり軍がやってきて全員を鉄道で移送すると告げ、「行軍を遅らせる可能性のある者を排除」(つまり殺害)し、村を焼き放ち、シベリアの民を貨車に閉じ込め、彼らが「地獄のような旅」を経てベンデルにたどり着いた様子が描かれている。

 その描写の後、著者による説明があるのだが、個人的に興味深かったので、やや長くなるが引用しておく。

 現在のロシアにおいて、シベリアの民のトランスニストリア強制移住の経緯はほとんど知られていない。気の毒な民がソヴェエト政府だけが知っている理由によって貨車に押し込まれ、広大な国土をあちらからこちらへと横断させられた共産主義時代のことを思い出す人々が、ほんの少し残っているだけだ。

 クジャ爺さまに言わせれば、共産党はウルカを母なる土地から切り離すことで共同体を抹殺しようと試みたが、皮肉なことにそれが逆に共同体を救う結果になった、ということだった。

 トランスニストリアからは、多くの若者が共産党の支配と戦うためシベリアに向かった。列車、船、軍隊の倉庫を襲撃して略奪し、共産主義者たちを大きな困難に陥れた。定期的にトランスニストリアに戻ってきては傷を癒し、家族や友人たちと共に過ごして、またシベリアへと戻って行った。にもかかわらず、いつしかシベリアの民はトランスニストリアに共同体の根を下ろし、この地は第二の故郷となった。

 沿ドニエストルの住人については、ほとんど知識はないのだが、なんとなくインドとパキスタン・バングラデシュやトルコ・ギリシヤのように元々混在して暮らしていたが、なんらかの紛争などをきっかけに帰属意識によって住み分けがなされ、ロシアにシンパシーを感じるモルドバ国内の住人は沿ドニエストルへ、ルーマニアまたはヨーロッパ世界にシンパシーを感じる人はモルドバ側に分かれたんだろうか、ぐらいに思っていたが、多分そういうわけではなさそうである。

(つづく)