実名晒すのに覚悟は必要か

 ときどき自分の名前でウェブ検索する、というのは、別に自意識過剰とかではなく、現代のリスクヘッジの一つといえるぐらいかもしれない行為であり、誰しもやってることだと思うが、今、「宮腰吉郎」で検索してみると、その多くが自分のツイッターでの発言関連で占められており、いかに自分がツイッター発信オンリーで今までやってきたかを物語っている。

 気になるリアル知人の名前で検索、という行為も、あまり執拗にやるもんではないが、やってみると意外な一面が見えたり、長く会ってない北海道の先輩が「釣り大会入賞」という記事で出てるのを発見したりして、ちょっと安心したりもするもので。

 私は実名を晒してやっているが、これは覚悟を決めてやったわけではなくて、当初は本名と微妙にずらすやり方を考えていた。読み方はそのままに字を変える式(例:橘隆志→立花隆)とか、読み方を微妙に変える式(例:中上健次(なかうえけんじ→なかがみけんじ)とか。私の場合、姓の方でよく、字では「宮越」、読みでは「みやこし」と間違えられ、いろいろめんどくさいので、これで行くつもりでいたのだが、福島原発事故が準備しないままに起きてしまい、考える暇もなく、実名晒しで行くことに図らずもなってしまったのだった。

 実名晒して得られるメリットは一般的には特にないと思う。よく言われる信頼度も、実名だろうが匿名だろうが、信頼出来る人は出来るし、出来ない人は出来ない、というだけで、例えば、犯罪被害者は諸外国では特に名前を隠したりはしないそうなのだが、日本では多くの人が隠す傾向があるのは、日本の空間に漂う独特の空気感ゆえであって、諸々考えると普通はおすすめしかねる。

 デメリットがどの程度あるか、というと、ネット上に浮遊するイメージだけで判断されてしまう危険性があり、実際、私は「反原発な人なんで」という理由(多分)で仕事を断られたこともあるので、そうした機会損失は当然あるものと覚悟せねばならない。また、逆に「チェルノブイリに通ってるなんて立派ですね」的な反応をされることもあるのだが、それもまた困ってしまうわけで、私としては基本的には映像を撮影して、ボロ儲けするつもりはないけれど、最低でもトントンを目指してやっているつもりであり、むしろ、取材相手にその「ビジネスライク」を言いすぎて、一部から「おまえのような考えの人には関わってほしくない」的なことも言われたことがある。いやはや、あんまり露悪的になりすぎてもいけなくてバランスの取り方が難しい。

 ただ、経験上言えるのは、何かコトをなそうとする人にとっては、逃げ道を絶つ、という効果が期待できるし、一度晒すと後戻りが出来ない怖さがあり、炎上がリアル生活に波及するリスクも当然あるのだが、日本社会を覆う閉塞感を打破するためにも、個人的にはそういう人がもっと出てきてほしい(特に若い人)、と思ったりもしている。

 結婚したての頃、嫁さんの親類にツイッターのちょっとアレな恥ずかしい発言が読まれているのを知った時、うわぁ~~~~ってなったけどw、そういうのも含めて、それなりの覚悟はいるのかもしれないが、私のように覚悟なく一歩踏み出してしまうのも一興ではないかと。

 「宮腰吉郎」で検索して気づいたが、このサイトもいよいよGoogle先生に捕捉されたようで、20番目ぐらいに来てしまっている。そういえば、実名を晒しての活動までは踏み切れなくても実名でのブログを一つこしらえておく、というのも情報化社会を生き抜く一つの知恵、という意見を読んだことがある。忙しい現代人の多くはむやみに人の情報を漁るほど暇ではなくて、検索サイトのトップにある情報を読んだら、だいたい次のことに興味が移ってしまうものなので、ネット社会では実名が浮遊するのは避けられないことであり、トップに自分の実名ブログが来るようにすることで、あまり読まれたくはないサイトの変な情報を読まれて変な先入観を持たれてしまうより自分でコントロールできるブログを読んでもらうようにした方がいい、という話。実名ブログなんてとてもとても、と思っている方もちょっと考えてみられてはいかがだろうか。


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