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1971年滋賀県大津市生まれ。大阪外国語大学ロシア語科除籍。IT業界で働きつつ、2006年よりチェルノブイリ被災地で「ナロジチ再生・菜の花プロジェクト」、被災者互助団体「ゼムリャキ」を取材。

『もし私が10歳の日本人なら…世界的投資家の「驚愕の問いと答え」』という記事を読んでの感想など

 12月も中旬になった。今月もほぼ余裕がなく、ブログなど書いてる暇などないのだが、もし私が10歳の日本人なら…世界的投資家の「驚愕の問いと答え」という記事があったので、感想を書いてみる。この投資家氏は「もし私がいま10歳の日本人ならばAK-47を購入するか、この国を去ることを選ぶ」とのことで理由として以下のようなことを述べている。

日本はいまGDPの240%、じつに1000兆円を超す巨額赤字を抱えています。そのうえ、猛烈なペースで進む人口減少社会に突入してきたため、とてもじゃないがこの借金を返済することはできない状況になってきました。

いま50歳前後の中年の日本人であれば、30年後は80歳ですから、誰かがケアしてくれるかもしれません。日本の国庫には、老齢人口を支えるおカネはまだ残っているでしょう。しかし、30年後に40歳になる日本人には、老後を支えてくれる人もカネもない。

このままいけば、いま日本人の10歳の子どもが40歳になる頃には、日本は大変なトラブルを抱えていることでしょう。小さな子どもの日本人にとって、未来はすでに『短い』わけです

 日本国内在住の読者を相手にしている経済評論家の肩書を持つ人たちの意見をネットやニュースなどで見ることがあるが、比較的短期的な対策は得意でもこういう大前提の当たり前の話は読者の耳に痛いため、なかなか言われないもので。

 ほんで、こうした状況は高齢者層から若い人たちまでかなり前から共有されていたはずで、その時点でも手遅れ感が強かったのだが、結局、人口構成上もう手を打つには遅すぎる段階に来てしまって、破産待ち状態がズルズルと続いていくことになるのだろう。

 当面はソフトランディングを目指してなんとかかんとかごまかしつつやっていくのだろうけど、私は最近、ハードランディングを目指した方が長い目で見て未来のためになるんじゃないかと思ったりすることがある。

 楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。人生のバランス上、戦争という艱難辛苦を経た戦争体験者以上の世代は後年に楽をしていただいて大いに結構だったと思うが、さして世代として苦労をしてきたとは思えない今の高齢世代はこの状況を放置してきた責任が・・・あるとはいえないけれども、後の世代のことを少しでもいいから想像して、今出来ることをしてほしいものだと期待したいのだが、ちょっとそれも無理なのかなと最近は思っていて、破産を早めたほうがいいんじゃないのか、云々。

 というのも、私の身近な高齢世代を見ると、もう信じがたく手前勝手な人がいて、後の世代のことなんて、これっぽっちも考えてなくて、自分の生活が第一で、金はたんまり持っていても露骨に負担を後続世代に押し付けてきたりする。もちろん心ある高齢者も多いのだけれど、そういう高齢者に接すると「地獄に落ちやがれ」ぐらいに思うのも無理ないってもんで。

 そんなわけで、私はもう諦めて、この記事にあるように子どものために国外に移住することを検討しはじめているのだが、現実にはめちゃめちゃ厳しい。学士もなく、コネもなく、語学もビジネスレベルにはない私には、とてもじゃないが海外で仕事を続けていくのは無理だと思う。先日、アメリカで長らく働いて、今日本に戻っている方からいろいろ興味深い話を伺ったが、クビにならないために周到に振る舞い続ける必要性があることがよくわかり、その方は私などよりも遥かに素養もあって、海外暮らしが楽にできそうに見えるのだが、それでも厳しい状況があるようだ。

 そんなわけで、いつものように堂々巡りをしているのだが、今はとりあえず子どもたちを当座養えるだけの仕事があれば、どこへでも行って働く、ぐらいの気持ちでいる。子どもたちを国外に置いておいて、自分だけ日本に出稼ぎに来る、とかも検討する必要があるのかもな、とか考えているところ。

 年を取ると健康不安も出てくるだろうが、アメリカなどのように高額治療が必要な病気になったら即破産みたいなのに比べ、日本のようにいざという時に健康保険で高額治療を受けられるのはいいなぁ、などなど、改めて今の日本の「暮らしやすさ」の捨てがたさを感じる今日この頃。

 でも、それでも、出ていきたい、という気持ちも同時に強くなるばかりだ。ああ、どうしたらいいのだろう……。

ヨーロッパやロシアで観測されたルテニウム106はどこから来たのか

 ロシア測定局で高濃度放射性物質検出、9月末に「極めて高い」数値という記事が出てて、気になってたが、ロシア語圏のサイトをざっと見てみた。時間もないので、雑なまとめとなり、細部間違いなどもありそうですが、とりあえずあげときます。

 印象としては、放出源はロシア南ウラルにある核処理施設のマヤークが限りなく怪しいように見えるが、マヤーク公式が「ルテニウム106の製造はしていない」「核廃棄物関連の事故であれば、セシウム同位体その他ルテニウム106以外の核分裂片が出るはずなのに出ないのはおかしい」などの見解を出しており、その言い分もわからんでもない。

 ロシア当局は当初10月の観測データではサンクトペテルブルクのある一点でのみ検出されただけと述べていたが、ロシア水文気象環境監視局が騒ぎになる前から公表していたデータではマヤークから10~30km程度南に位置するАргаяш、Худайбердинский、Новогорныйといった地点で9/25から10/1の間に収集されたエアロゾル調査でルテニウム106が検出されており、こちらでは別に隠していたわけではないのだと述べられている。

 マヤークを運営するロスアトムもジャーナリストやブロガー向けに「ルテニウムって何?」という調査ツアーを企画しており、マヤークが放出源ではないことにそれなりの自信があるのではないかとも思える。

 ルテニウム106は医療分野や宇宙関連で有用な物質であるが、核分裂生成物のせいぜい0.4%に過ぎないらしい。こちらは核分裂生成物収率曲線で、質量数で見るとセシウム137の辺りとストロンチウム90辺りに2つの山があるが、106はちょうどその2つの山の間に位置している。このような貴重な物質を故意に放出する、というのもまず考えられないとのことで、廃棄という線はなさそう。

 宇宙関連で衛星などの落下や事故の可能性が指摘されたが、これもこの時期にそうした事故は起きていないし、ロシアの元宇宙飛行士が衛星では使われていないとも述べており、否定されている。

 ヨーロッパのデータではルーマニアでの検出値が高めで、ロシア由来ではないのではないか、とも意見も出ているが、情報統制がロシアほどきつくないはずのEU圏内からそういう情報は出てきていない模様。

 9月末にロシア・サラトフのバラコヴォ原発から放射性廃棄物がマヤークに搬入されているようで、何か新しい機器のテスト中に起きたのでは、という推測を述べているブロガーがいたが、これも憶測の域を出ない。

 ルテニウム106の半減期は374日とやや長めではあるので、大気中に飛散してしまったとはいえ、土壌等への沈着も当然あるだろうから、今後の調査で何かわかることがあるはず。

 ルテニウムの由来はルーシ(Ruthenia)でルーシの後継を自ら誇るロシアでこうした事象が発生した、というのはちょっと皮肉なことで。

 こちらのロシア語記事はなかなか読み応えがあり、半減期39日で収率が3%とルテニウム106よりも多く生成されているはずのルテニウム103の検出がないということで、核分裂からやや時間が経過した放射性廃棄物由来であることが示唆される、とか、ルテニウムの化学的性質上、容易に揮発するため、一定の温度でルテニウムだけが飛ぶ(ヨウ素131も飛ぶが半減期が短いので見えなくなっている)ことから、ガラス固化など何らかの加熱工程で放出された可能性が考えられる、また、ルテニウム106自体はβ線のみ放出するが、その短寿命崩壊生成物のロジウム106がガンマ線を出すので容易に検出できる、などなど、興味深い意見や事実がいろいろと述べられている。下の方に参照リンクもあるので、ロシア語サイトが多いですが、興味のある方はどうぞ。

富山から神戸に運ばれた「世界一のクリスマスツリー」について思ったこと

 11月も下旬に入り、一つもブログ書けてないので、何か書いてみようと思い、いろいろ書きたいことはあるのだが、昨日辺りから話題になってる世界一のクリスマスツリーの話を書いてみる。

 経緯などはこちらとかこちら主催者側のプレスリリースなどを読んでもらうとして、少し林業について詳しくなった私の感想としては、多くの人が木を伐採・加工することに対して、ネガティブな印象を持っていることに改めて気付かされた、というのが第一点。私もつい最近までそうだったはずなのだが、昨年は週末、山に入って木を切りまくってたので、ちょっと感覚が麻痺してるらしい。

 あと、原発観光が話題になったときも思ったけど、議論喚起目的のプロジェクトというのは動機が不純であまり好きではないのだけれども、結局、そこに嵌ってしまう面があって、こうして自分もブログネタにチョイスしてしまってたりもして、ちょっと悔しいというかw

 多分、ニュースで見ただけとかだったら、このプロジェクトに対して、酔狂な人がおるなぁ、ぐらいで私の中で流れていった出来事だったと思うが、人々の批判の方向が興味深く、以下、ちょっとググっただけだが、気になったところを書いてみる。

 その前にこのプロジェクトについて書いておくと、私自身もちょっと支持する気にはなれない。まず、アスナロを選んだ理由についてだが、こちらを読むと「メッセージを伝えたい」という割に言葉が雑だなぁ、というのが第一印象。

あすなろは、「あす」はヒノキに「なろ」うの樹といわれ、ヒノキになりたくてもなれないとしてレッテルを貼られ、木材としてもヒノキより格下、いわば落ちこぼれの樹として扱われています

 滋賀北部でアスナロはアテと呼ばれてるのだが、アテは確かに人工林の木としてスギやヒノキほど扱いやすい木というわけではないようだが、殺菌力が高く、防虫・防腐の性質があることから、浴室の材などに利用されていて、まな板の材としては最高級とされる。うちでは内祝いに青森のヒバ(これもアスナロ)のまな板を送ったりもしたのだった。あと、アスナロの葉には薬効があり、利用価値が再認識され始めてるとも聞いたことがあるし、決して「落ちこぼれの木」というわけではない。

 文学作品でアスナロが「落ちこぼれの樹」的に扱われることがあったとはいえ、植物のプロが雑に「落ちこぼれの樹」とかゆうたらあかんのんとちゃうのん?

 この木は富山から運んだようで、ググルと富山でもアスナロはアテと呼ばれてるみたいなのだが、そのアテの由来をググルと、こちらのサイトに以下のように書かれていた。

「アテ」は古代語では貴いという意味で、言葉がなまって「アテヒ」となり「貴いひのき」という意味があります。

 落ちこぼれの逆やないかーい! 富山で作業したときとかにそういう話は聞かなかったのだろうか。

 他、鎮魂のためといいつつ、ギネス目指すとか、なんだかよくわからないプロジェクトになってて、カオスな感じで、もうこの辺でこのプロジェクト自体についての言及はやめておこうと思う。

 それよりも私の興味を引いたのは、冒頭にも書いたが、伐採することに対する人々のネガティブな感覚の方。150年というのは、ちょっと微妙な年数だが、この樹齢の木というのは、人工林の場合、ざらにあるわけではないだろうが、里山の木としては全然珍しくはないと思う。環境保護というと木を伐採しない方向に向いがちだが、特に人工林や里山の場合、人間が伐採して使っていってなんぼというところがある。

 この木の場合、富山県氷見市一刎という地区にあり、場所を調べてみると、ストリートビューがない場所で特定が難航したが、多分、Google Earthでこの木かその周辺の木だろうというところまでは特定できた(こちら)

 山中から持ってきた、というので、随分山奥からと思っていたが、普通に集落内にあり、集落のお寺の道路を隔てた向かいにある木だったようだ。寺は集落の中心部にある浄念寺というお寺だが、北陸という真宗地帯にある寺らしく真宗大谷派の寺であり、寺での行事もよくあるだろうから、住民にとってはなじみのある木だったことだろう。

 ほんで、地元住民の声はというと「誇りに思う」とか「神戸の住民にこちらに来てもらって観光につなげられないか」(ブログ記事)といった意見があるようだった。ゆうたらなんだが、こうした山間地域は過疎化に悩まされているはずで、どんなイベントであれ、地域が活性化するなら歓迎なはず。この話もすぐに飽きられて話題にされなくなると思うけど、これきっかけで交流イベントが続いたりするといいのにとか思った。

 あと思ったのは、この件、イベント後の用途がもう少しマシなものだったら、人々の受け取り方も随分違ったんじゃないかと思える。この木が150年ものではなかったのだったら、生木ではなかったのだったら、富山から運んだものではなかったのだったら、などなど、色々と思うことはあるが、諸々炎上しても仕方のない案件だったかなと思える。

 氷見-一刎-プチお散歩というブログ記事に在りし日の(?)あすなろを撮影した写真があった。とりわけ巨木というわけではないと思うのだが。。。多分、世界一の高さといえる150年の樹齢の木を探してて、ここにたまたまあったこの木をチョイスしたもので、アスナロ云々は後付けなんだろうなぁなどと思ったが、穿ち過ぎかな。。。

10月29日の身辺雑記

 気づいたら10月一度も書いてなかったんで、ちょっと書いておきます。

 諸事情あって、しばらく定時出社&定時退社なカタギ仕事に就いていなかったのだけれども、9月からそんなスタイルで再び働き始めている。去年までは週4日の7時間勤務ベースで働いていたのだが、今はおそらく現在の日本で最も一般的な(?)週5日1日8時間ベースで働いている。チェルノ通いしてた頃はだいたい3ヶ月近く働いて2ヶ月ちょいウクライナ滞在という感じのスタイルを続けてたが、これも諸事情あって、というか、主にリーマンショックで仕事が急減したため続かなくなり、途中で破綻(?)したのだった。

 そんなわけで時々は満員電車に乗らざるを得ないことがあり、これにはなかなかに閉口させられる。一本遅らせればいいのだが、JR西日本は遅延が当たり前状態になってて、始業時間に間に合わなくなる可能性もあるため、嫌だなー、と思いつつも乗ることになる。奥の方にやや余裕があることもあり、「出入り口付近に立ち止まらず奥へ詰めてください」という車内アナウンスも流れるが、乗客の意志を動かすには至らず、ぎゅうぎゅう詰めの状態はたいていは解消されない。幸い、ちょっと時間をずらして乗る電車を選べば、比較的空いている電車を選ぶこともできるので、毎日満員電車に揺られることはないのだが、朝からムダに疲れてしまうので、満員電車には乗りたくない。

 ここ数年、ほとんど電車に乗ってなかったので知らなかったが、最近はリュックを背負うのではなく前に抱えて乗ってる人がかなり増えていた。私はリュックで電車に乗る時は片方だけを腕に通して前に抱える感じのスタイルに落ち着いていて、これはウクライナとかで普通に後ろに背負っててスリにあった、という話をよく聞いてたので、これに慣れてしまったのだが、今の人たちは両腕を通して、がっつり前に抱えて立ってるので、最初はかなりな違和感があったが、これももう見慣れた車内風景となった。

 昔は学校や銀行、公的機関は半ドン(土曜日は午前中だけ授業・業務あり)が当たり前で、週休二日が当たり前の今、そんなのにはもう戻れないが、今や週休三日を導入し始めてる会社も出てきている。私も週休三日でずっとやってたので、週休二日でも精神的にはかなりきつい。週休三日と言っても、三日遊んでるわけでもなく、諸々のToDoをこなしているとあっという間に月曜日になるのだが、休みが2日ではToDoがこなしきれなくて、滞っている諸々がいくつもある。

 なかなか自由時間が取れないが、通勤時間は貴重なフリータイムになってて、行きは主にIT関連の本を読み、帰りは語学の勉強などしている。最近はどこも時短気味であるため、帰宅前にちょっとどこかに立ち寄って自分の時間を満喫してから家に帰る人も増えているらしいが、その気持ちはわからないでもない。ただ、うちの場合はまだ子どもが小さいので、あまり油を売らずに直帰することが多いのだが、やはり都会は都会でおもろいので、もう少し精神的に余裕が出てきたら、そういう日を作ってもいいかな、と思ったり。

 正直、まだ仕事に慣れずに苦慮しているので、まだその余裕はないのだが、そういう日が来るといいなぁ。はぁ。

やっと壊れかけのスマホNexus5を買い替えることにし、Zenfone3Maxを購入した

 初めて買ったスマートフォンであるNexus5の電池の持ちが悪くなりだした。さらに電源ボタンを1回押すと2回押したとみなされる現象に悩まされていて、電源ボタンを押しても画面が一瞬見えるがすぐに消える、なんてことになることが度々あり、もう寿命かな、と思い始めていた。調べると使い始めてからもう3年と数ヶ月になる。この端末は一度数秒ほど水没させてしまったことがあり、壊れるのは時間の問題か、と思っていたが、それから1年近くはもった。

 そういうわけで買い替えることにした。購入するに辺り、まず、Nexus5の不満点を考えてみたが、正直なところ、ほとんどない。電池さえ持てば、このまま使いたかったぐらいだ。私の主な用途はSMSとかLineとかでのちょっとしたメッセージのやりとり、電話、GPSを使ったカーナビやマップの利用、ニュースチェック程度で、ゲームはまったくしないし、外で動画やテレビを見たいとは思わないので、ワンセグもいらん。CPUも最新の高性能なやつは私にはオーバースペック。

 できれば付いていて欲しい機能としてはテザリングで、この機能に助けられたことが何度かあった。あと、容量については、私のNexus5は32GBタイプで、買った当時は32GBもあれば十分すぎると思っていたが、それでも時々写真や動画をどっさり端末から消さないといけなくなることが何度かあって、やはり32GBは欲しいところ。

 カメラは撮れればいいやん、ぐらいに思ってるが、Nexus5で唯一残念感があったのが、カメラ機能。ピントがうまく合わないことが結構あり、なかなか思うように撮れないことがよくあったので、そういう基本性能部分でもう少しマシなやつがいいかな、と。

 ざっくりいうと、希望としては、Nexus5と同等以上がいい、ということで、それを第一条件にして調べてみた。

 最近のスマホ事情をよく知らなかったので、なんとなく第一候補は売れ筋のZenfoneシリーズだったのだが、調べ始めると安いもので新品でも1万円程度のものもあり、SIMフリー端末は選択肢が多すぎず少なすぎずいい感じにあって、なかなかに迷う。一応、IT技術者の端くれであり、まあまあ最新のOSにしたいところで、可能であれば、もうすぐ発売されるGoogleのPixel2にしたかったが、初代Pixelが日本で発売されなかったので今回も発売されないと判断し、また仮に発売されても10万近くするみたいなので諦めた。

 SIMフリーで容量32GB以上に限定すると、結構候補が限られてきて、そこから高価なのを除外すると、かなり絞られる。価格は重要な要素で、日本の大手メーカー製のは価格とスペックのバランスが海外勢と比べて落ちるので、除外。今回、初めて知ったブランドがいくつもあり、日本の会社のも一見よさそうなのがいくつもあったが、レビューなどを見ると目も当てられない感じになってるのもあって、たかがスマホごときにわざわざそういう冒険をするのもなー、というのもあって、日本の会社のも除外。

 残ったのは中国・台湾勢のみとなった。具体的にはHuawei、ASUS、Motorola、ZTEの4社。最近はHuaweiが人気で最後まで迷ったが、止めておいた。ウクライナ滞在時にHuaweiの通信端末を使っていて、特に不満もなかったが、会社が政府に近いという話があり、民間ラブの私としては、避けたいなぁ、ということで除外。残る3社のうち、ZTEは、今の私の希望に合うのがなくて除外。Motorolaはウクライナ滞在時に使ってた携帯端末がなかなかよかったので、好感を持っている会社でよい端末もあったが、今回私が購入したZenfoneシリーズの安めの端末よりスペックはよくても割高に感じたので、当初の予定通り、Zenfoneにした。

 Zenfone4が出たばかりで、最初はそちらも検討していたが、型落ちのZenfone3で私には十分であることが予想できたので、割安なZenfone3 MaxというCPU性能は落ちるがバッテリー容量がでかいのにした。今回、Nexus5買い替えの最大の要因はバッテリー容量であり、自分で交換も可能とはいえ、総合的に判断して買い替えることにしたのだった。

 まだ買ったばかりなので、使用しての感想はまた別の機会に、ということで。