2016年5月9日の身辺雑記

 諸事情によりしばらく子供と会えない状態となった。

 最寄りの駅まで妻子を送り、いつもだったら、そこでサヨナラするところ、今日は電車がギリギリになってしまい、子供を抱きかかえてホームまで連れて行き、電車に飛び乗った妻子を見送ることになった。(いや、駆け込み乗車はしてなくて、一応、間に合ったんですけどね)

 こういう時、子供は割りとあっさりしていることが多かったのだが、今日は違った。こちらは普段のようなあっさりした別れを想定していたので、ホームから電車の中の子供に笑いかけながら手を振っていたのだが、子供の表情はといえば、泣くでもなく、笑うでもなく、感情を内に押し込めたような、2歳の子供としてはあまりに複雑な表情をしながら、こちらを凝視しており、電車が動き出しても、こちらから目を離そうとはせずに、ずっとこちらを見つめ続けていた。その目は切実に私を求めている目で、あのような目で誰かに見られたことは、40数年生きてきたが、なかったのではないかと思う。こみ上げるものを抑えきれず、私は思わず泣いてしまった。(書いてて思い出して、また泣いてもうた・・・)

 今までにも何度か私と長期間離れることがあったが、こんな感じになることはなかった。最近、いろいろと分かり始めてきたようで、何かにつけ、以心伝心ではないが、心が通じあっている感があって、お互い笑い合ったりすることがあったが、こういう風になるとは実際にそうなってみるまでわからなかった。

 子供には適応力があり、最初の数日はともかく、その後は案外ケロっとしているものとも思っているが、こちらがこんなにつらい感じになるんだから、子供が感じている辛さがどの程度なのか、ちょっと想像できない。

 福島から関西に母子避難された方が、福島から会いに来た夫を見送る時が一番つらく、子どもたちはもちろん夫婦どちらもいつも泣いていた、とおっしゃっていたが、こんな感情を毎回味わっておられたのか、と思ったりもした。

 永の別れ、というわけでもないはずなのだが、「別れ」についてふとこんな言葉を思い出した。

僕らが一生通じてさがし求めるものは、たぶんこれなのだ、ただこれだけなのだ。つまり生命の実感を味わうための身を切るような悲しみ。

※セリーヌ著『夜の果ての旅』(生田耕作訳)より引用

 ちょっと変わった親の元に生まれついてしまったため、あまり普通の子が経験しないようなことを今後も経験していくだろうし、年齢に相応しくない悲しみを感じることもあるかもしれないが、強く生きていって欲しいと思う。