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「チェルノブイリ周辺で火災 放射線レベル上昇」と報じられた記事の検証

 ネットニュースを見てたら、たまたま「チェルノブイリ:森林火災で放射線量 基準値の2.5倍に」というタイトルの毎日新聞の記事が流れてきたので、読んでみた。記事の最後に「(共同)」とあるので、元はこちらの共同通信配信の記事のようだった。以下、検証のため、全文貼り付けておきます。

 チェルノブイリ周辺で火災 放射線レベル上昇 2017/7/1 07:17
 【モスクワ共同】ロシア通信などによると、1986年に爆発事故を起こしたウクライナ北部のチェルノブイリ原発周辺で、6月30日までに森林火災が発生した。現場は放射性廃棄物などが保管されている立ち入り制限区域内で、火災の影響で大気中の放射線量が基準値の2.5倍に上昇したという。負傷者などは伝えられていない。

 火災は29日の日中に発生。一時は25ヘクタールまで広がった火災の面積は、消火活動により30日夜までに7ヘクタールまで減少した。現場では鉄道敷設のための森林伐採が行われており、木材などに引火したのが原因とみられる。

 最初はふーん、また森林火災が起きたのか、というので、そのまま流そうと思ったが、「基準値の2.5倍に上昇」という表現に違和感を覚え、念のため、ウクライナのサイトを調べてみることにした。こういう場合、ある地点で火災前はAという線量率だったが、火災後にBという線量率に上昇した、といった表現になるはずだが、比較元が「基準値」というのはちょっとおかしいのではないかと。

 Yandex.uaでニュース検索して、いくつかのニュースサイトを見てみると、森林火災自体は起きているものの、空間線量には変化なし、という記述が出ている記事がいくつか見つかった。ただ、その中に2.5倍に上昇という記事があるのが確認できた。そして、それらはこちらのモスクワ24というTVチャンネルをニュースソースとしていた(Flash必要なので私は見てないけど)。

 では、この2.5倍というのがどこから出てきたかと言えば、大元はこちらのウクライナ政府サイトの6/29の21時の報告内の以下の記述だと思う。ウクライナ語なので、正確に理解できてないかもだが、概ね「6/29の19時時点の火災現場での大気中セシウム137濃度は0.025bq/m3で、これは基準値0.01bq/m3の2.5倍である」というようなことが書かれている。しかし、この記述の前で、「火災現場近辺の放射線測定地点3箇所での線量に変化はない」という主旨の記述がある。

 つまり、確かに大気中セシウム137濃度は基準値の2.5倍ではあったが、「上昇した」かどうかは不明であり、空間線量率に変化がないと言っているので、「基準値の2.5倍に上昇」という記述は誤解を招く表現であると言わざるをえない。しかし、この「2.5倍」をうまく利用して、ウクライナ政府が森林火災で放射能を撒き散らし、コントロールが出来ていないという印象を与えるためであろうか、「基準値の2.5倍に上昇」という言葉でロシアの一部メディアが報じ、その情報がこうして日本でも拡散された。(共同通信配信の記事として、毎日・日経・東京新聞ほか地方紙の多くでも報道されたようだ。)

 英語圏のニュースサイトも見てみたが、森林火災の事実を伝えたサイトはいくつもあったものの、空間線量が上昇したかのような印象を与えるような記事はロシアのサイトの英語記事以外には見つけられなかった。空間線量に触れている記事自体は少なかったが、例えば、Radiation level in Chernobyl zone “normal” despite forest fireという中国・新華社通信の英語記事は線量は通常レベルであると伝えている。

 ちなみに、日本の基準値を調べてみたが、濃度限度としての基準値が出てきて、それはセシウム137で30Bq/m3となっているようだ。ただ、今回のウクライナの「基準値」は濃度限度ではなく、労働衛生基準値のようなので、比較対象にはならない。また、先日の浪江の山林火災でエアサンプラーによるダスト測定結果ではセシウム137で0.025Bq/m3という値が出たことがあった。奇しくも今回の値と同じ値であるが、これは雨天時のもので、概ね0.001Bq/m3前後の値で推移している。詳細は浪江町井出地区の林野火災現場周辺の放射線モニタリングの結果参照。

 まとめると、今回のロシアメディアの元記事がどのような意図を持って書かれたのか不明であるが、ウクライナ政府発表を曲解して記述されているようにも思え、私にはやはりフェイクニュースであるように思える。ただ、どうやらこのロシアメディア発のニュースを報じたのは共同通信のみのようであり(時事通信はそもそも森林火災の記事を伝えていない模様)、「基準値の2.5倍に上昇」と報じたのはうかつだったのではないか。上昇という場合、上昇前の値が書かれていないのであれば、このように報じるべきではなかったと思う。また、記事が出た7/1のタイミングではすでに「ウクライナ・プラウダ」などがこちらの記事などで指摘しており、もう少し裏を取る慎重さがあってもよかったのではないかとも思った。

チェルノブイリ原発由来のセシウム137はすでに半減した、といえるのではないか

 さて、子供を寝かしつけたところで、この間に一つ投稿しておきます。

 産経で「チェルノブイリで第2の放射能汚染の危険」という記事が出ていて、その記事について、ベラルーシの部屋ブログで言及されている。あまり、変に危険を煽るのはよくないという主旨には同意で、産経はロシアにネガティブな印象を与えるニュースを他所よりも比較的多めに報道しているようにみえるので、その辺りを各自で補正しながら読むとよいのではないかと思っている。

 上記ブログ記事中、チェルノブイリ原発由来のセシウム137がそろそろ半減、ということに言及されていて、なるほどと思い、私も計算を試みてみたのが、間違いがあったら、指摘歓迎です。

 セシウム137半減期を30.1671年として、チェルノブイリ原発事故発生日の1986年4月26日から30年と0.1671年後というと、ちょうど0.1671は2/12=0.1666に近い数字であり、ほぼ30年と2ヶ月後ということになる。ざっくり2016年6月25日あたり、ということになる。

 しかし、多くのセシウム137が出現した日は事故発生時ではない、ということを考慮に入れないといけない。セシウム137はウラン235の分裂で生じる核分裂生成物で、ルビジウム95と共に生成される(ちなみに、ルビジウム95はいくつかの崩壊を経てモリブデン95になる)。ただし、ここで説明があるように、核分裂で生じるセシウム137はごく少数でほとんどは別の核分裂生成物が壊変してセシウム137となることが多いようだ。とはいえ、セシウム137になるまでの半減期は長くとも数分みたいなので、ここでは無視してよいだろう。

 とすると、ウラン235がいつ核分裂を起こしたか、その日付が問題となるわけだが、核分裂生成物ではないセシウム134と核分裂生成物から出来るセシウム137の比率が分かると、おおよその日付分布が分かりそう。セシウム134は核分裂生成物から出来るセシウム133が中性子を捕獲してしまって出来るので、セシウム134の比率が高いとより長く燃料が使用されているという傍証となる。

 というわけで、調べてみたところ、チェルノブイリ原発事故でのセシウム134と137の比率は0.55とのことで、だいたい1~2年程度、ということになるようである(この辺りの計算は正直理解が浅くようわからん)。

 ということで、おおよそ1984年のいつかあたりから1986年4月26日までの間に出来たセシウム137が放出されたとするとだいたい2015年ぐらいから2016年半ばぐらいに半減期を迎える、ということになる。そして、私の雑な計算によるとその期間の中間はだいたい9月あたりになるようなので、この記事を書いている10月14日現在で、チェルノブイリ原発由来のセシウム137は全体としていえば、すでに半減した、ということになるのではないか。

 もうちょい色々調べて精度の高い計算をしてみたかったのだが、実力不足でこれ以上は断念します。こういうの得意な人、どなたかやってくれないかなー。