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ドニエプロペトロフスクからシチェスラウへ!? 地名変更 ウクライナの場合

 ついさっき、近江県、琵琶湖県? 滋賀県の県名変更についての個人的意見という記事を書いたが、ウクライナでも地名変更の話題が出ている。

 昨日、ウクライナとロシア 歴史評価巡っても対立というニュースが出ていて、

ウクライナの議会は9日、かつてその一部だった旧ソビエトを象徴するものを「全体主義の宣伝になる」として公共の場で使用することを禁止する法案を賛成多数で可決しました

 ということだが、これに伴い、通りの名前や地名の変更が検討されているらしい。多くの街でメインストリートはレーニン通りなわけだが、ついにこういうのにまで手を付けるのかどうか、個人的には、デフォルトに近い状態にある今のウクライナで、多大なコストがかかり、さらには、ただでさえ機能しない役所がさらに機能しなくなり、様々な難癖の元になるとしか思えない地名変更をこのタイミングですべきではないと思うが、もうドサクサで心機一転のためやってまうのもありかとも思ったりもする。いずれにしても、この先少なくとも何十年かはロシアとは犬猿の仲になる運命となってしまったので。

 地名変更では、人口規模でキエフ・ハリコフに次ぎ、オデッサと並ぶウクライナ第三の都市ドニエプロペトロフスク(ウクライナ語:ドニプロペトロウシク)が話題になっている。なんでも、この都市の名前の由来となったグリゴリー・ペトロフスキーというウクライナ人の政治家がウクライナの大飢饉「ホロドモール」を招いた元凶の一人とみなされているらしく、すでに2009年に銅像が撤去されたりしている。(以下はBBCの記事 Ukraine tears down controversial statue

 もっとも、この街は過去に何度も名前が変わってきた街のようで、Wikipediaによると、1776年の創建以来(アメリカ独立と同年!)、最初の十数年はエカテリノスラーフ、その後、10年ほどノヴォロッシーイスクとなり、1802年に再びエカテリノスラーフとなって百十数年が過ぎたが、ソ連時代に今のドニエプロペトローフスクに改名されたとある。

 ただ、1918年から19年までウクライナ人民共和国の時代にシチェスラフ(ロシア語:Сичеслав 英語:Sicheslav)という名前になっていたようで、今、この名前を復活させようという動きがあるらしい(ウクライナ語でシチェスラウ[Січеслав])。他に、元のエカチェリノスラフに戻す案も出てるようだが、これって、ロシア皇帝エカチェリーナ2世の名に因むわけで、どうなんかな。

 他に候補として、フィルムメーカーと同名のコダック(Kodak)というのも出ているみたいで。市内にコダック要塞があるが故か。ちなみに、Wikipediaによると「コダックという社名は、力強くシャープな感じがすると同時に、創業者のお気に入りでもあった「K」をはさんだ単語をいく通りも考えた結果として生まれたものであって、単語そのものに特別な意味はない」ということらしいので、コダック社とは関係はない模様。あと、地名のコダックの方はチュルク語系で「丘の上での和解」を意味するのだそうで。

 ウクライナには何度も行ってるものの、ドニエプロペトロフスクは通ったことしかなく、街を歩いたことはない。写真はドニエプロペトロフスク駅での乗り換え時に撮影したもの。乗り換え時間が短く、街歩きはできなかったが、また来た時はもう少し街を見てみたい。

ドニエプロペトロフスク駅前の様子
ドニエプロペトロフスク駅前の様子

近江県、琵琶湖県? 滋賀県の県名変更についての個人的意見

 私の住む滋賀県の県名変更が話題になっている。

滋賀が「近江県」に? 県名変更案に県は複雑

 しかし、私の周囲で話題になっているのは聞いたことなく、個人的にはあまり関心が持てない。というのも、私は滋賀県最北部に居住しているが、県立図書館など、県立の施設は最南部に集中していて、正直なところ、滋賀県民であることのメリットはほとんど感じられない。最北部県民としては、県名変更などどうでもいいから、この南北格差をどないかしてくれ、というのが本音だ。

 首都移転の話だと、候補として出てくるのは、岐阜、三重などなどで、根拠はやはり真ん中だから、というもの。それでいくと、県庁は真ん中当たりがよいわけで。彦根ぐらいなら、下道で一時間程度でいけるので我慢できるが、大津までは南部の渋滞もあって、ちょっと車で行く気になれない。ついでにいうと、鉄道だと大津で下車する理由はなく、大阪や京都まで行くことになる。

 もっとも、大津に県庁所在地が置かれたのは、明治新政府の彦根藩への嫌がらせ、という話もあり、また、ネット情報では、別の説として、新幹線の駅を設置させなかった彦根在住勢力の陰謀なんて話もあるが、この辺りはちょっとよくわからない。

 先日、神戸の北、兵庫県の中山間部に行ってきたのだが、行き交う車も少なく、人影もまばらで、京阪神地区のベッドタウンとして発展を遂げる滋賀県南部なんかよりも、「同じ境遇」にある感じがしたものだ。多数決が支配する今の世の中では過疎地域の声はかき消されてしまうので、こういう地域同士で連帯していかないといけない時代なんじゃないかと思ったりしつつ。

篠山の武家屋敷群
人影もまばらな篠山の武家屋敷群・・・

 ここで、道州制、という話になるわけだが、道州制になると、過疎化に拍車がかかるという話も確かにある。しかし、いずれにしても、このままでは未来が見えないわけで、コストが膨大にかかるだろうが、個人的には長い目で見て行政コストが削減される道州制には賛成かな。今の時代、都道府県という単位はちょっと中途半端な大きさなようにも思うし。

 とはいえ、当面、そう簡単に道州制に移行できるとは思えないし、現実的に都道府県という単位はそれなりに機能し続けていくことになり、この中でなんとか解決策を見出していくしかないだろう。書いてて途中で気づいたが、明日は県議会選挙だった。現状追認するだけのような候補者でない未来を見据えた候補者に投票したいもので。

 候補者の皆様のご健闘をお祈りいたします。

篠山線廃線跡
一部にレールがまだ残る篠山線の廃線跡