プーチン大統領訪日を機に、北方領土問題や今回の件について思ったこと(2) ~安倍首相のことやロシア語記事について少し~

(つづき)

 もうひとつ、思ったことを書いておくと、安倍首相の「私たちの世代で解決しなければならない」という文言が気になった。もちろん、ご高齢である元島民の皆さんの気持ちを考えると可能な限り、早く何とか解決の道筋をつけたい、という気持ちになるのは当然だろう。しかし、プーチン大統領が言うように「期限をもうけるのは有害」というのは確かで、こうした機微な問題では前のめりになった側が足元を見透かされてしまう。双方の政権基盤が脆弱でないが故にお互い多少の譲歩が可能、という論はどうやら、日ロ間には当てはまらず、世界で最もタフな交渉相手であるプーチンにとって、ロシアの国益に沿わない話はまったく聞き入れられないだろう。

 ちなみに、元島民の手紙がプーチンの心を動かしたか、という点について、プーチン大統領に元島民の手紙渡すも ジャーナリストが断言「通用しない」という意見があり、それはもちろんそうなのだが、プーチン自身、「очень трогательные письма」(とても感動的な手紙)と表現しており、心は動かされたであろう。ただの冷酷無比な男ではないからこそ、ロシア国民の絶大なる支持を集めている面があり、そうした面も踏まえて発言し、行動している。ただ、プーチンはロシアの国益が害される場合は徹底的に冷酷無比になれる男でもあり、元島民の手紙はその当たりは踏まえていたのではないかと思われる。四島返還を希望する旨はおそらく訴えてはいなくて、四島を日ロ友好の島にしてほしい、という希望が述べられていたのではないかと思う。ただ、それによって、方針を変えることはない、というのはその通りだろう。

 安倍首相の言でいつも気になってしまうのがプーチンを「ウラジーミル」と呼びかけているところ。ファーストネーム外交ってことのようだが、どうにも違和感が半端ない。違和感の源の一つはそもそもが本当に親しいわけでもなさそうなのに、そう述べているところから来るわけだが、ロシア人の場合、ウラジーミルという名前を持つ人はたいていウラジーミルとは呼ばれない、という点も引っかかる点。英語でもロバートがボブになったり、マイケルがミッキーになったりするが、ウラジーミルは「ヴォロージャ」とか「ヴォーヴァ」と呼ばれることが多い。これにはプーチンもちょっと違和感を覚えているはず。ただ、「ウラジーミル」と呼ぶのは多分に国内向けパフォーマンスであり、相手がどう思おうが意に介していないのかもしれない。

 ちょうどこちらのクレムリンのサイトに共同会見と質疑応答の全文が出ていたので、安倍首相がウラジーミルと呼びかけている回数を数えたところ、6回だった。

 プーチンも仕方がないからか「シンゾウ」と述べている箇所があるが、音声で聞くと、言ったか言わないかぐらいの速度で述べており、非ネイティブには正直言われないと気づかないレベル。ちなみにプーチンが「Синдзо(シンゾウ)」と呼びかけているのは以下の一箇所のみ。

Это замечательное место. Я, Синдзо, благодарен тебе за приглашение посетить твою малую родину.

素晴らしい場所で、シンゾウ、君の小さな故郷に招待してくれて、感謝している

 他、ロシア語記事で興味深かった点は、今回の日本の提案が「日本のトロイの木馬」として警戒されている面があること。日本に人が余っていて活力にあふれた社会であれば、大挙して北方領土に人の波で「攻め入る」という戦略もあっただろうが、民主主義社会である日本で自らの意志でわざわざ日本での快適な生活を捨てて、北方領土のような不便な場所に移住する人はそれほど多くはないだろう。これはロシア側の杞憂ではないかと思われる。

 「シリア問題ではロシアを支持(ロシア側発表)」という日本語記事が出ていたので確認したところ、ラブロフ外相の言として、以下のような発言があった。

Абэ обсудили ситуации в Сирии и на Украине.
Здесь у нас позиции практически совпадают.

プーチン・安倍両首脳はシリアとウクライナ情勢について議論した。この点につき、我々の立場は実質一致している。

 かなり雑な発言だが、国際社会に向けた発言としてまんまとミスリードされてしまったようだ。いや、実際に会談で一致したんかもしれないが、その辺りはこの件についての発言が確認できなかったので分からない。

 こちらに交わされた文書の68項目に及ぶリストがある。今の私の関心分野である、林業や木材関係でいろいろと目を引くものがあるが、他にも、ロスアトムと経産省・文科省との間で原子力の平和利用に関する覚書が交わされているとか、富士通とロシアのソフトウェア会社でOCRソフトなどを開発しているABBYYが人工知能による多言語文書処理で協力とか、モスクワ大学と東北大学が協会設立で合意、など広範囲な分野で日ロ協力が始まる可能性がありそうだ。ロシア流に慣れていないと、当初はいろいろと戸惑うことばかりだろうが、人的交流が拡大することは相互理解に役立ち、それがくだらない誤解に基づく諍いを未然に防ぐ効果があるだろうから、すべてうまくいくわけではないだろうが、よりよい未来につながる成果が残せるといいと思う。

 ちなみにこちらの毎日新聞のサイトに全リストが出ている。ロシア政府側はすぐにこうした文書リストをアップしてるのに、日本政府側はちょっと探したが、見つけられなかった。今、河野太郎大臣が規制改革の一環で研究者の皆様へと題して、大学のローカルルールをまとめるなどして、非合理的な役所文化に切り込んでいるが、こういうところは後進国で、諸外国を見習って欲しいところ。

(つづく)


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