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2児の父親になりました

 もうすぐ3歳半になる子の世話だけで精一杯な今日この頃ですが、その子が寝ているうちに一つエントリーを。

 そういうわけで、二人の男児の父親になった。オムツ替えや授乳も早速やってみたが、最初は戸惑いがあるものの、えらいものでなんとなく身体が覚えていて、特に問題なく出来た。一人目の子の時は産まれるまでにいろいろ調べていたが、今回はなかなか余裕がなく、ぶっつけ本番感がある。私はまだ良くわからないけれども、嫁さんに言わせると一人目と二人目でいろいろと違いを感じるようで、さすがにお腹の中ですでに長い付き合いがあるだけのことはある。

 上の子はお腹の中に赤ちゃんがいることがわかったときから赤ちゃん返りを始めていたので、生まれてから今のところ、そういうのが強くなった感じはない。むしろ、ダッコさせてとか言うほどで、こういうのは3歳半の差があるがゆえではないかと思ったりもしたが、その辺りどうなのか。

 思うに、魔の二歳児あたりのタイミングで次の子が産まれると、やはり結構いろいろ大変なんじゃないかとは思った。あっちもぐずり、こっちもぐずり、っていうのは一人だけでもしんどいのに、二人となるとちょっともう対応できなくなりそうで。ただ、私にも2歳違いの兄弟がいるのでわかるが、もう少し大きくなると一緒に遊べるので、年の差が小さいことがプラスとなるようにも思う。子供時代に3,4歳も年が離れていると一緒に遊ぶというよりは上の子が遊んでやってる感が出るように思うので。

 とはいえ、いろいろ聞いてると、年が多少離れていてもそれはそれでよろしくやっていくらしいので、もうこうして生まれてきたのだから、なるようになるものとして、やっていくしかない。

 「上の子可愛くない」というのは時々聞くが、これからそういう気持ちになるのかどうか。今のところ、上の子が最近かなり意思疎通が出来るようになってきてて、いろいろと変な日本語文法で変な質問を繰り出してくるので、おもろいもんやなぁ、と飽きる感じはないのだが。

 便利なので、「お兄ちゃんらしくしろ」的なことをすでに何度か言ってしまったが、これはあまりよくない言葉だと思うので、封印した方がいいのかも。それぞれ別人格が二人いることを肝に銘じ、それぞれに対し同程度の気配りと適当さで接していこうと思う。また、差が多少出ても気にしないぐらいでいるのがちょうどいいようにも思う。

子供が夜にお腹を痛がり始め、うずくまってしまったのだが

 先日、それまで機嫌がよかった子供が、普段は寝転ばないところに寝転ぶなど、ちょっと普段と違う行動を取っていたので、なんだろなと思っていたのだが、そのうち、泣き出して、お腹痛いと言い出した。さすってやろうとすると、触られるのもイヤ、という感じで、床に突っ伏してしまった。そこがお風呂マットのとこで、とても清潔とは言いがたいところだったので、そっと動かそうとすると、激しい泣き声で抵抗するので、お手上げ状態になった。

 幸い少しは話せるようになっているので、どこが痛いのかを腹をさぐりながら聞いてみるとお腹全体が痛い様子。子供の腹痛で腸捻転というのがあり、重症化することがある、というのを読んだことがあって、これはもう家庭での処置は難しく、急患にかかるか、救急車を呼ぶしかない、という判断に迫られ始めた。

 ひとまず、土曜の夜にかかれるところはどこか、まずは電話相談窓口があることが分かったので、そこに電話をかけてみることにした。

 今まで知らなかったのだが、国の事業で「小児救急でんわ相談」というのがあり、#8000にかけると繋がる、ということを知った。また、各県にも電話番号があるようだったので、ひとまずはそちらにかけてみることにした。しかし、「混み合っているのでしばらくしてからかけ直して下さい」のアナウンスが返ってくるばかりで、もういっそ救急車を呼ぼうか、と思い始めた時に、やっとつながった。

 混乱状態の人への対応に慣れているのであろう、落ち着いた口調の女性の方で、一通り子供の年齢や住所、あとなぜか親の年齢などの質問に答えてから、こちらの状態を話し始めた。ここで急に思い出したのだが、今日は日本脳炎の2回めのワクチンを打ったところで、その影響もあるかもしれんな、ということで、そのことも話したが、日本脳炎の副作用で腹痛は出にくいとのこと。ひとまず、その状態が続くようなら診察を受けたほうがよい、とのアドバイスでその日の夜間急患の当番の病院名と電話番号を教えてもらい、電話を切った。

 さて、どうするか。ただ、ともかく、方針は定まった。こうした場合、焦って視野狭窄に陥る場合があるので、こうして第三者に説明することで頭が整理され、それまで忘れていたワクチンを打った、という情報が出てきたりするので、やはり何につけ誰かに話すというのはよい効果があると再認識した。

 しかし、触られるのも嫌がる子供を載せて車で30分以上はかかる病院まで行けるのかどうか、波があるのか、やや痛みが和らぐこともあるようで、穏やかになる場面もあるが、痛いか聞くと相変わらず痛いと言って泣き出すので、もういよいよか、というその時だった。黄土色の物体、つまりはウンチ(固め)がどっさりと床に産み落とされたのだった。

 便秘だったのか! 腸捻転とか悪い方ばかりに考えていたので、便秘という可能性に思いが至らなかった。そういえば、おまるにまたがり始め、「出ない~」を繰り返していたが、ウンチが出かけていた、ということだったのだ。今思えば、その可能性は考えられたはずだが、なんせここまでの痛がり方は初めてだったので、こちらも焦ってしまった。

 離乳食のときなどに何度か便秘になったことはあったが、ここのところ、快便だったため、その可能性が自然と排除されてしまったのだろうが、ちょうど今、トイレトレーニングの真っ最中で、保育園の方でオムツを一度も履かずに全日パンツのみで過ごせるようになったばかりだった。

 北朝鮮からの脱北者が韓国の綺麗なホテルのトイレでどうしても便を出すことができなかった、という話をしていたが、今までとは違う形・環境で便を排出するとなると、どうしても便秘になりがちになるものなんだろうと思う。トレーニング中ではあるが、便秘になるよりはお漏らししてもらったほうがよいので、とにかくいつでもどこでもウンチをしてもいいのだと分かってもらう方向で考えているところ。

 しかし、今日水曜朝時点で日曜から出てないのが気がかりではあるのだが……。

2歳の子へのパズルの教え方

 あまり連れて行ってやれていないのだが、たまに図書館に行くと子供向けの10ピースぐらいで一つ一つの形が明確でわかりやすい簡単なパズルがいくつもあって、それをやらせてみると、最初はなかなか出来なかったが、助けてやると少しずつ出来るようになった。しかし、自分で一からすべてやるのは難しいようで、まだ2歳前半だし、早いかな、と思っていた。

 それが2ヶ月ほど親元から離れて生活していたときに「修業」をしたのか、簡単なものなら出来るようになっていて、そちらで買ってもらったパズルも持ち帰ってきて、それからは毎日のようにそれで遊ぶようになっている。

 少し前にパズルを買ってやっていたのだが、3歳以上対象と書いてあり、盤面も大きくピースの数も24枚もあるため、出さずに保管していたのだが、この前出してやらせてみることにした。

 さすがに一からやるのは無理のようだったので、まずは完成状態から2,3枚だけくり抜いてやらせてみると、さすがにそれぐらいならなんとか出来たので、それを4枚、6枚、8枚、という風に増やしていってみると、8枚ぐらいなら時間はかかるがなんとかできるようになった。

 パズルはお気に入りの遊びのようで、その後、少しずつ枚数を増やしていき、ついに昨日24枚すべてできるようになった。どこで覚えたのか、出来上がると「キャンセー(完成)!!!」と大きな雄叫びをあげるようになったのだが、こちらもその雄叫びがきこえるまでは子供がパズルに夢中ということがわかるので、その間、家事その他が捗り大変重宝している。一種のブームでずっと続くことはないだろうが、しばらくパズルの恩恵を受けることになりそう。

 というわけで、その子にもよるだろうが、大きめのパズルでも、始めは完成状態から2,3枚だけ抜いて与え、完成の喜びを体験させる、というのを繰り返す内に出来る枚数が増えていく、ということが分かった。我ながら、なかなかよいアイデアだと思ったが、ググるとそういうのはあるあるではあるようだった。

 最近、家庭菜園や山仕事をするようになり、畑や木など自然相手に物を自作するなどして工夫せざるを得ない場面に遭遇することがよくある。ググればすぐに答えが出てくる時代ではあるが、自分の頭で考えて試行錯誤する、というのは、先行き不透明な時代、やはり必要な作業なのだろうと思う。もちろん、私もググりまくる人間だし、Google以外の検索エンジンも意図的に使うようにしていて、検索の恩恵を受け続けるが、一呼吸置いて、まず自分なりに考えてみる、というのも、多忙な現代社会にあって、急がば回れでよいのではないかと思う。

子供が2ヶ月ぶりに帰ってきた

 先日、妻子が戻ってきた。戻ってきてからだとほとんど時間が取れなくなるので、それまでに家の整理や掃除をしようとしていたが、思ってたよりも早くに戻ってきたため、いろいろと間に合わず、かなり中途半端な状態のまま出迎えることとなった。

 子供とは2ヶ月近くのブランクを経ての再会で、いつものように子供の方は素っ気ないものだったが、徐々に思い出してくれたのか、旧来に戻っていった。

 2歳児の2ヶ月間の成長は身体面では今のところ、気づく箇所はほとんどないのだが、精神面で相当な成長ぶりを見せていて、驚かせてくれた。まず言葉がかなりはっきりと発音出来るようになっていたし、自分の意志も今までは何やら言葉にならない声を上げて訴えていたのだが、ちゃんと「おやつ」「もっと」などと言えるようになっていた。子供が何をぐずっているのか分からず困惑する場面が多かったが、何を訴えようとしているのかわかることが多くなり、今後そういう面では楽になりそう。

 歌のレパートリーが増えているのも驚きだった。前は「キラキラ星」のような歌を歌うことがあったものの、オリジナルの歌詞で何度直しても治らなかったが、ほぼほぼ間違えずに歌えるようになっていたし、多くの曲の歌詞を正しく歌うようになっていた。ただ、まだ覚えきれない部分をごまかして歌うことはあり、そのごまかした方が大人にはおもろくて、和ませてくれる。(例えば、「ぶんぶんぶん、ハチが飛ぶ」の「が飛ぶ」がまだ覚えきれずに「ぶんぶんぶん、ハチハチ~」と言ったりするなど)

 トイレトレーニングは夏から始めるとよいと聞いていて、帰宅後ボチボチ始めようと思っていたが、滞在先で躾けてもらったようで、トイレやおまるにまたがるとオシッコもできるようになっていた。あと、うがいは難しそうだと思ってたが、出来るようになっていた。これらは親子双方に相応の辛抱が必要な作業で、さらに親相手だと甘えたりナメたりするところがあるかもしれず、難航が予想されていたのだが、おかげで楽をさせてもらった。

 今回、改めて思ったのは、子供にとって、親子以外の関係性が他にもあるといろんな点でプラスに働くのではないか、ということで、「可愛い子には旅をさせよ」ということわざがあるが、今回、その意味が少し分かったような気もする。今後、社会との関わりが増えてくるだろうが、2歳児のうちにその準備を進められるとよりスムーズに行くものなのかもしれないとちょっと思った。旅先で世話させられる側は大変だろうけど。

 気になるのは、親(私)が甘めなのか、気に入らないことがあると泣いて要求を通そうとすることが多くなったように思う。元々いくらかあったが、感情面で発達してきて「悲しい」感情が溢れてくると泣いてしまうようだ。子供が戻ってからすぐはこちらが出かけるだけで泣くので困ったが、それはなくなりつつある。どうやら帰ってきよる、ということを理解し始めているのではないかと思う。しかし、ごく他愛のないことで泣いてしまうことが多々あり、なるほど、泣く子と地頭には勝てぬ、とはよく言ったもので、こちらも辛抱強くつきあえないことが多くて、要求を聞き入れてしまうことがままあって、今後、改善していかんとあかんなぁ、と思っている。

※冒頭のアイキャッチ画像は、先ほどブロックで子供が作った「作品」。こういうアレンジは今まであまりできなかったが、こういうのが作れるようにもなっていて、かなり驚いているところ。一定期間離れると悪影響もいくらかあるかもしれないが、良い影響の方が多いのか? それとも、単に滞在先の方々の子育ての腕がよいということなのか。

保育園落ちるかどうかわからんけど、中途入園が不可能ではないことを知り、書類を提出してきた

 今週頭から子供が家にいない状態になってて、週末となり、少しは慣れてきたところ。一緒にいる時は写真や動画を撮影しても、ほとんど見返す余裕がないが、少しずつ見なおしたりしている。いたらいたで、うるさいなぁ、とつい思ってしまうが、いないといないで、やっぱり寂しさを感じないではない。しかし、映像は相変わらず手ブレしまくりで、時々は見て、手ブレしないような撮影を心がけるようにしないと。

 子供はそのうち戻ってくるものと想定しているので、保育園について、動いてみた。少し前から、一時保育では時間も短く、期間も月に最大14日と決まっていて、我々の生活事情からして、もう少し預かって欲しいと思っていたので。

 保育園に入れるのはとても大変、という先入観があり、我々のような典型から外れた生活実態の夫婦はもう無理と諦めていたのだが、我々は常時保育を必要としており、そういう需要があることを分かってもらおうということで、役場で尋ねると、どうやら途中からでも応募可能なことが分かった。

 以前もらった書類には保育園の申し込み受付期間がデカデカと書いてあり、そこを逃すともう1年はあかんもんと思い込んでいたのだが、そうではなかった。考えてみれば当たり前の話で、転勤とかで引越しとかした人はどないなるねん、って話だし、逆に途中で抜ける人もいるだろうから、空きも出るに違いないわけで。日本の学校制度同様、基本は4月入所で、そのため秋の一定期間に募集する、ということになっているようだが、それ以外でも不可能ではないようだ。もっとも私の住む地域のような過疎地域ですら狭き門ではあるようなのだが。

 提出書類としては申請書と、私の場合、「自営業就労申立書」というのが必要で、さらに自分の開業状態を証明する書類(確定申告書など)も必要となるとのことで、コピーして持参した。申請書には同居しているわけではない自分や嫁さんの両親の年齢や就労状態も記入する必要があり、なかなか細かく念入りにチェックされる。親(つまり子供の祖父母)の年齢が60未満の場合も就労証明書が必要となるらしく、もし親が主婦だったりしたら、その人に面倒見てもらえ、ってことになるってことなんだろうか。

 説明を聞いてちょっと驚いたのは、希望が通らなかった場合、連絡は来ない、ということ。これにはさすがに、「え゛っ?」と声を上げてしまった。今時の就活では「サイレントお祈り」といって、今後の活躍をお祈りする不採用通知メールすら寄越さない会社もあるそうだが、行政もこういう対応するんですなぁ。多分、何らかの背景があるんだろうけど、そういうのって、人としてどうなんだろう。こちらとしては、落ちたら落ちたで次の対応を考えなあかんのやが。例の「保育園落ちた」の匿名ブログは2016/02/15 17:17:59に投稿されていて、2月頃には「不承諾」とか「不認定」の連絡が来ることが多いようだが、自治体によっては来ない場合もあるようだ。

 調べるまで知らなかったのだが、私の通える範囲の保育園の多くは認定こども園になっていて、この認定こども園というやつは、基本的には「誰でも入れる」ことに名目上はなっているようだ。しかし、実態としては誰もが入れるような状態には程遠く、結局は「保育の必要性」が高いと認定された人が優先して入園できるようになっているらしい。あまりリアルには想像できないが、どうやら現代日本においても、保育を必要としない恵まれた状態にある人が一定数いて、そういう人にも税金を補填して、保育園に子供を入れてもらってもいいのか、と問われると、なるほどとちょっと思ってしまうが、昔とは状況が違うわけだし、社会全体で子供を育てる、ということはそういうことなのでは、とも思ったりもする。何かと過渡期ではあり、現場の判断として、なかなか難しいところはあるだろうが。

 今回、私の子供は3歳未満なので、「3号認定」というので、申請書を出してみたが、どうなることやら……。ダメ元なんで、ダメならまた従来通り一時保育を利用すればいいか、とも思っているが、出来れば通って欲しいなぁ。