「育児」カテゴリーアーカイブ

子供が夜にお腹を痛がり始め、うずくまってしまったのだが

 先日、それまで機嫌がよかった子供が、普段は寝転ばないところに寝転ぶなど、ちょっと普段と違う行動を取っていたので、なんだろなと思っていたのだが、そのうち、泣き出して、お腹痛いと言い出した。さすってやろうとすると、触られるのもイヤ、という感じで、床に突っ伏してしまった。そこがお風呂マットのとこで、とても清潔とは言いがたいところだったので、そっと動かそうとすると、激しい泣き声で抵抗するので、お手上げ状態になった。

 幸い少しは話せるようになっているので、どこが痛いのかを腹をさぐりながら聞いてみるとお腹全体が痛い様子。子供の腹痛で腸捻転というのがあり、重症化することがある、というのを読んだことがあって、これはもう家庭での処置は難しく、急患にかかるか、救急車を呼ぶしかない、という判断に迫られ始めた。

 ひとまず、土曜の夜にかかれるところはどこか、まずは電話相談窓口があることが分かったので、そこに電話をかけてみることにした。

 今まで知らなかったのだが、国の事業で「小児救急でんわ相談」というのがあり、#8000にかけると繋がる、ということを知った。また、各県にも電話番号があるようだったので、ひとまずはそちらにかけてみることにした。しかし、「混み合っているのでしばらくしてからかけ直して下さい」のアナウンスが返ってくるばかりで、もういっそ救急車を呼ぼうか、と思い始めた時に、やっとつながった。

 混乱状態の人への対応に慣れているのであろう、落ち着いた口調の女性の方で、一通り子供の年齢や住所、あとなぜか親の年齢などの質問に答えてから、こちらの状態を話し始めた。ここで急に思い出したのだが、今日は日本脳炎の2回めのワクチンを打ったところで、その影響もあるかもしれんな、ということで、そのことも話したが、日本脳炎の副作用で腹痛は出にくいとのこと。ひとまず、その状態が続くようなら診察を受けたほうがよい、とのアドバイスでその日の夜間急患の当番の病院名と電話番号を教えてもらい、電話を切った。

 さて、どうするか。ただ、ともかく、方針は定まった。こうした場合、焦って視野狭窄に陥る場合があるので、こうして第三者に説明することで頭が整理され、それまで忘れていたワクチンを打った、という情報が出てきたりするので、やはり何につけ誰かに話すというのはよい効果があると再認識した。

 しかし、触られるのも嫌がる子供を載せて車で30分以上はかかる病院まで行けるのかどうか、波があるのか、やや痛みが和らぐこともあるようで、穏やかになる場面もあるが、痛いか聞くと相変わらず痛いと言って泣き出すので、もういよいよか、というその時だった。黄土色の物体、つまりはウンチ(固め)がどっさりと床に産み落とされたのだった。

 便秘だったのか! 腸捻転とか悪い方ばかりに考えていたので、便秘という可能性に思いが至らなかった。そういえば、おまるにまたがり始め、「出ない~」を繰り返していたが、ウンチが出かけていた、ということだったのだ。今思えば、その可能性は考えられたはずだが、なんせここまでの痛がり方は初めてだったので、こちらも焦ってしまった。

 離乳食のときなどに何度か便秘になったことはあったが、ここのところ、快便だったため、その可能性が自然と排除されてしまったのだろうが、ちょうど今、トイレトレーニングの真っ最中で、保育園の方でオムツを一度も履かずに全日パンツのみで過ごせるようになったばかりだった。

 北朝鮮からの脱北者が韓国の綺麗なホテルのトイレでどうしても便を出すことができなかった、という話をしていたが、今までとは違う形・環境で便を排出するとなると、どうしても便秘になりがちになるものなんだろうと思う。トレーニング中ではあるが、便秘になるよりはお漏らししてもらったほうがよいので、とにかくいつでもどこでもウンチをしてもいいのだと分かってもらう方向で考えているところ。

 しかし、今日水曜朝時点で日曜から出てないのが気がかりではあるのだが……。

2歳の子へのパズルの教え方

 あまり連れて行ってやれていないのだが、たまに図書館に行くと子供向けの10ピースぐらいで一つ一つの形が明確でわかりやすい簡単なパズルがいくつもあって、それをやらせてみると、最初はなかなか出来なかったが、助けてやると少しずつ出来るようになった。しかし、自分で一からすべてやるのは難しいようで、まだ2歳前半だし、早いかな、と思っていた。

 それが2ヶ月ほど親元から離れて生活していたときに「修業」をしたのか、簡単なものなら出来るようになっていて、そちらで買ってもらったパズルも持ち帰ってきて、それからは毎日のようにそれで遊ぶようになっている。

 少し前にパズルを買ってやっていたのだが、3歳以上対象と書いてあり、盤面も大きくピースの数も24枚もあるため、出さずに保管していたのだが、この前出してやらせてみることにした。

 さすがに一からやるのは無理のようだったので、まずは完成状態から2,3枚だけくり抜いてやらせてみると、さすがにそれぐらいならなんとか出来たので、それを4枚、6枚、8枚、という風に増やしていってみると、8枚ぐらいなら時間はかかるがなんとかできるようになった。

 パズルはお気に入りの遊びのようで、その後、少しずつ枚数を増やしていき、ついに昨日24枚すべてできるようになった。どこで覚えたのか、出来上がると「キャンセー(完成)!!!」と大きな雄叫びをあげるようになったのだが、こちらもその雄叫びがきこえるまでは子供がパズルに夢中ということがわかるので、その間、家事その他が捗り大変重宝している。一種のブームでずっと続くことはないだろうが、しばらくパズルの恩恵を受けることになりそう。

 というわけで、その子にもよるだろうが、大きめのパズルでも、始めは完成状態から2,3枚だけ抜いて与え、完成の喜びを体験させる、というのを繰り返す内に出来る枚数が増えていく、ということが分かった。我ながら、なかなかよいアイデアだと思ったが、ググるとそういうのはあるあるではあるようだった。

 最近、家庭菜園や山仕事をするようになり、畑や木など自然相手に物を自作するなどして工夫せざるを得ない場面に遭遇することがよくある。ググればすぐに答えが出てくる時代ではあるが、自分の頭で考えて試行錯誤する、というのは、先行き不透明な時代、やはり必要な作業なのだろうと思う。もちろん、私もググりまくる人間だし、Google以外の検索エンジンも意図的に使うようにしていて、検索の恩恵を受け続けるが、一呼吸置いて、まず自分なりに考えてみる、というのも、多忙な現代社会にあって、急がば回れでよいのではないかと思う。

子供が2ヶ月ぶりに帰ってきた

 先日、妻子が戻ってきた。戻ってきてからだとほとんど時間が取れなくなるので、それまでに家の整理や掃除をしようとしていたが、思ってたよりも早くに戻ってきたため、いろいろと間に合わず、かなり中途半端な状態のまま出迎えることとなった。

 子供とは2ヶ月近くのブランクを経ての再会で、いつものように子供の方は素っ気ないものだったが、徐々に思い出してくれたのか、旧来に戻っていった。

 2歳児の2ヶ月間の成長は身体面では今のところ、気づく箇所はほとんどないのだが、精神面で相当な成長ぶりを見せていて、驚かせてくれた。まず言葉がかなりはっきりと発音出来るようになっていたし、自分の意志も今までは何やら言葉にならない声を上げて訴えていたのだが、ちゃんと「おやつ」「もっと」などと言えるようになっていた。子供が何をぐずっているのか分からず困惑する場面が多かったが、何を訴えようとしているのかわかることが多くなり、今後そういう面では楽になりそう。

 歌のレパートリーが増えているのも驚きだった。前は「キラキラ星」のような歌を歌うことがあったものの、オリジナルの歌詞で何度直しても治らなかったが、ほぼほぼ間違えずに歌えるようになっていたし、多くの曲の歌詞を正しく歌うようになっていた。ただ、まだ覚えきれない部分をごまかして歌うことはあり、そのごまかした方が大人にはおもろくて、和ませてくれる。(例えば、「ぶんぶんぶん、ハチが飛ぶ」の「が飛ぶ」がまだ覚えきれずに「ぶんぶんぶん、ハチハチ~」と言ったりするなど)

 トイレトレーニングは夏から始めるとよいと聞いていて、帰宅後ボチボチ始めようと思っていたが、滞在先で躾けてもらったようで、トイレやおまるにまたがるとオシッコもできるようになっていた。あと、うがいは難しそうだと思ってたが、出来るようになっていた。これらは親子双方に相応の辛抱が必要な作業で、さらに親相手だと甘えたりナメたりするところがあるかもしれず、難航が予想されていたのだが、おかげで楽をさせてもらった。

 今回、改めて思ったのは、子供にとって、親子以外の関係性が他にもあるといろんな点でプラスに働くのではないか、ということで、「可愛い子には旅をさせよ」ということわざがあるが、今回、その意味が少し分かったような気もする。今後、社会との関わりが増えてくるだろうが、2歳児のうちにその準備を進められるとよりスムーズに行くものなのかもしれないとちょっと思った。旅先で世話させられる側は大変だろうけど。

 気になるのは、親(私)が甘めなのか、気に入らないことがあると泣いて要求を通そうとすることが多くなったように思う。元々いくらかあったが、感情面で発達してきて「悲しい」感情が溢れてくると泣いてしまうようだ。子供が戻ってからすぐはこちらが出かけるだけで泣くので困ったが、それはなくなりつつある。どうやら帰ってきよる、ということを理解し始めているのではないかと思う。しかし、ごく他愛のないことで泣いてしまうことが多々あり、なるほど、泣く子と地頭には勝てぬ、とはよく言ったもので、こちらも辛抱強くつきあえないことが多くて、要求を聞き入れてしまうことがままあって、今後、改善していかんとあかんなぁ、と思っている。

※冒頭のアイキャッチ画像は、先ほどブロックで子供が作った「作品」。こういうアレンジは今まであまりできなかったが、こういうのが作れるようにもなっていて、かなり驚いているところ。一定期間離れると悪影響もいくらかあるかもしれないが、良い影響の方が多いのか? それとも、単に滞在先の方々の子育ての腕がよいということなのか。

保育園落ちるかどうかわからんけど、中途入園が不可能ではないことを知り、書類を提出してきた

 今週頭から子供が家にいない状態になってて、週末となり、少しは慣れてきたところ。一緒にいる時は写真や動画を撮影しても、ほとんど見返す余裕がないが、少しずつ見なおしたりしている。いたらいたで、うるさいなぁ、とつい思ってしまうが、いないといないで、やっぱり寂しさを感じないではない。しかし、映像は相変わらず手ブレしまくりで、時々は見て、手ブレしないような撮影を心がけるようにしないと。

 子供はそのうち戻ってくるものと想定しているので、保育園について、動いてみた。少し前から、一時保育では時間も短く、期間も月に最大14日と決まっていて、我々の生活事情からして、もう少し預かって欲しいと思っていたので。

 保育園に入れるのはとても大変、という先入観があり、我々のような典型から外れた生活実態の夫婦はもう無理と諦めていたのだが、我々は常時保育を必要としており、そういう需要があることを分かってもらおうということで、役場で尋ねると、どうやら途中からでも応募可能なことが分かった。

 以前もらった書類には保育園の申し込み受付期間がデカデカと書いてあり、そこを逃すともう1年はあかんもんと思い込んでいたのだが、そうではなかった。考えてみれば当たり前の話で、転勤とかで引越しとかした人はどないなるねん、って話だし、逆に途中で抜ける人もいるだろうから、空きも出るに違いないわけで。日本の学校制度同様、基本は4月入所で、そのため秋の一定期間に募集する、ということになっているようだが、それ以外でも不可能ではないようだ。もっとも私の住む地域のような過疎地域ですら狭き門ではあるようなのだが。

 提出書類としては申請書と、私の場合、「自営業就労申立書」というのが必要で、さらに自分の開業状態を証明する書類(確定申告書など)も必要となるとのことで、コピーして持参した。申請書には同居しているわけではない自分や嫁さんの両親の年齢や就労状態も記入する必要があり、なかなか細かく念入りにチェックされる。親(つまり子供の祖父母)の年齢が60未満の場合も就労証明書が必要となるらしく、もし親が主婦だったりしたら、その人に面倒見てもらえ、ってことになるってことなんだろうか。

 説明を聞いてちょっと驚いたのは、希望が通らなかった場合、連絡は来ない、ということ。これにはさすがに、「え゛っ?」と声を上げてしまった。今時の就活では「サイレントお祈り」といって、今後の活躍をお祈りする不採用通知メールすら寄越さない会社もあるそうだが、行政もこういう対応するんですなぁ。多分、何らかの背景があるんだろうけど、そういうのって、人としてどうなんだろう。こちらとしては、落ちたら落ちたで次の対応を考えなあかんのやが。例の「保育園落ちた」の匿名ブログは2016/02/15 17:17:59に投稿されていて、2月頃には「不承諾」とか「不認定」の連絡が来ることが多いようだが、自治体によっては来ない場合もあるようだ。

 調べるまで知らなかったのだが、私の通える範囲の保育園の多くは認定こども園になっていて、この認定こども園というやつは、基本的には「誰でも入れる」ことに名目上はなっているようだ。しかし、実態としては誰もが入れるような状態には程遠く、結局は「保育の必要性」が高いと認定された人が優先して入園できるようになっているらしい。あまりリアルには想像できないが、どうやら現代日本においても、保育を必要としない恵まれた状態にある人が一定数いて、そういう人にも税金を補填して、保育園に子供を入れてもらってもいいのか、と問われると、なるほどとちょっと思ってしまうが、昔とは状況が違うわけだし、社会全体で子供を育てる、ということはそういうことなのでは、とも思ったりもする。何かと過渡期ではあり、現場の判断として、なかなか難しいところはあるだろうが。

 今回、私の子供は3歳未満なので、「3号認定」というので、申請書を出してみたが、どうなることやら……。ダメ元なんで、ダメならまた従来通り一時保育を利用すればいいか、とも思っているが、出来れば通って欲しいなぁ。

「保育園落ちた日本死ね」騒動で感じてたことなど

 今月も一時保育に子供を預けていて、14日しか預けられないので、いろいろ諸事情考慮して先週はお休みしていたが、今週から再開。保育園に入れるのがこんなに大変なことだというのは子供を持つまで知らなかったが、保育園に入れたい人がもっと簡単に入れられる社会にしていかないと、少子化問題は解消できんだろうな、とやっぱり思う。少子化問題は今の子育て世代の結婚問題が主で、男性がこの稼ぎでは養えないから結婚しない/出来ない、というのが最大の問題、というような指摘もあるが、多方面から解消に本気で動いていかないともう無理なんじゃないかと思う。

 さて、はてな匿名ダイアリーの保育園落ちた日本死ね!!!が話題になっていたが、私は毎日ではないが、気が向いたらはてなホッテントリ(hot entry)をチェックすることがあって、この保育園の投稿がホッテントリに上がってた時にざっと読んでたけど、ここまで世論を盛り上げることになるとは想像もしなかった。あの手の投稿はよくされてるし、中には内部関係者じゃないか、というような具体的な提言を盛り込んだエントリーもあって、匿名ではあるが、読ませるやつも時々出ている。もっとも概ね、匿名ダイアリーのは面白く無いのが多いのだが。

 あの投稿に関しては、安倍政権の一億総活躍なんちゃらを揶揄しているところがあって、そういうところが気に入らなかったのか、特に「日本死ね」に過剰に反応する人たちがいたけど、そこはあまり重要なところじゃないし、ネットスラングとして「氏ね」という言葉はよくある表現で、そこに突っ込んでる時点でネットリテラシーの低さを露呈してるだけなんじゃないか、なんて思ったりしていた。

 しかし、この保育周辺に漂う諸々の面倒臭い感じはどこから来るんだろう。多分、平等性を過度に重んじた結果、そうした「保活」にまつわるエトセトラにアクセス出来る、どちらかというと経済的・状況的に恵まれた人たちが得をする仕組みが出来あがってしまっており、かといって、このがっちりと堅固に組み上がった仕組みを崩すのは至難であって、この立ちはだかる壁を前にして感じる絶望感というか、諦観というか。

 こうした仕組みづくりに携わる層はいったいどういう人たちなんだろう、と思うことがある。別に悪意を持ってこういう仕組みづくりをしているとは思えないし、自己の責任の範囲で、逆に言えば責任を追求されないように防御的にそれぞれが振る舞った結果ともいえるが、それぞれの立ち位置でやるべきことをやっていたらこうなった、って感じなんじゃないかと思う。

 今出来上がっている仕組みはそれなりに理由があってそうなっていることが多く、仮に多くの人が時代に沿ってないと薄々感じているような仕組みでも、それをやめるとこれこれこういう問題が出てきて、ってことになって、結果として、大本は触らずに応急処置的に対応することになり、ただでさえ複雑な仕組みがさらに複雑化していく。そして、そうした複雑な仕組みを読み解いて、自分の状況に応じて適切に判断できる層はなんとかしのいでいけるだろうけど、日々の生活に追いまくられてそれどころではない人たちはそんなことをやってる余裕はなく、ますます情報格差が広がるばかりだ。

 記憶によれば、中流幻想の只中にあって、いやすでに日本はそうじゃないんだということを私に最初に認識させたのが「不平等社会日本―さよなら総中流」という本だった。2000年出版の本だが、この時点ではまだ今のような格差の問題は今ほどは出ていなかったように思う。さらに、格差固定社会なんて言葉も出てきたりしたが、気になるのは、そういう発言する人たちは概ね、格差の上の方にいる人たちで、様々な数値からそういう問題を読み解けるんだろうけど、実態をどの程度、自分の問題として捉えているのか、などと思わなくはない。

 塾歴社会という本を読んだところなのだが、塾とか私の知らない世界だが、やっぱりこんな感じなんかー、というのが感想。私などはオール公立で、いろんな家の子がいるようなところで育ってきたのだが、こういう世界で子供の頃から生きてると、シンパシーを感じる範囲がとても狭くなってしまうんじゃないだろうか、なんて邪推してしまう。自分と似たような境遇にある人にシンパシーを感じるのは人として自然なことであるとは思うが、自分のお仲間さえ楽しく暮らせていけたら、他は知ったこっちゃない、ってメンタリティーのまま大人になって、そういう人たちが様々な制度づくりに携わっているのだとしたら・・・。私などは彼らにとってお仲間に入れてもらえなさそう境遇だし、私も彼らにシンパシーを感じることは困難だが、それでも同じ時代を生きるものとして、一緒にやっていかなくちゃいけない。具体策など思い浮かばないのだが、こういう社会になってしまって、これからどう生きていけばよいのか、途方に暮れる。

 なんか全然まとまってないエントリーですが、このまま出しときます。