「田舎暮らし」カテゴリーアーカイブ

鶏足寺の紅葉を見てきた(前編) ~きれいな紅葉の絨毯~

 鶏足寺には十数年前にも一度行ったことがあって、当時から紅葉の名所だったが、ボチボチ人がいる、という程度だった。それが、ここ数年、人気がうなぎのぼりで、紅葉の季節になると鶏足寺近辺の道ではバスやマイカーの車列でごった返している。

 つい先日も報道ステーションで紹介されたようで、車のナンバーを見ると、県外ナンバーの方が多いぐらいで、いよいよこの静かな湖北の小さな集落も全国区となった感がある。

 ちなみに、鶏足寺のある古橋という集落は石田三成の母の故郷とのことで、関ヶ原の合戦後に潜伏していたという「オトチの岩窟」がある。簡単には行けない場所なので、まだ行ったことがないのだが、また折を見て行ってみようと思う。

 さて、鶏足寺に行くには直接向かうルートもあるが、石道寺経由で行くルートもあり、今回、そちらで行くことになった。

石道寺1
ひっそりと佇む石道寺
石道寺2
紅葉の中の石道寺
石道寺3
多くの観光客があちこちで写真撮影
石道寺4
湖北田園空間ミュージアムの看板

 地元民だがこの辺りに「湖北田園空間ミュージアム」という名称がついているのを初めて知った。石道寺と鶏足寺は距離で500mほどで徒歩でも簡単に移動可能。ちなみに石道寺は石道(いしみち)という集落にあるが「しゃくどうじ」と読む。

石道寺5
道中には茶畑なども

 鶏足寺というともみじの絨毯が有名、ということになりつつあるらしい。だいたい11月中旬から下旬が見頃だが、下旬に行くと以下のような絨毯が見られる。ただ、大変な人出で通り道の紅葉は踏まれ倒しているところが多いので、紅葉の絨毯を写真撮影するなら立入制限区域か脇道にある部分に行くといいかも。

鶏足寺1
鶏足寺の紅葉の絨毯
鶏足寺2
鶏足寺の立入ご遠慮くださいゾーン1
鶏足寺3
鶏足寺の立入ご遠慮くださいゾーン2
鶏足寺4
鶏足寺の立入ご遠慮くださいゾーン3
鶏足寺5
鶏足寺は昔は飯福寺だった
鶏足寺6
鶏足寺の池に浮かぶ紅葉
鶏足寺7
イチョウも落葉の時期でちらは黄色い絨毯に
鶏足寺8
ひとでごった返している

 後編に続く

東京に住んだことのない田舎者は東京のリアリティがわからない(たぶん)

 昨日のエントリーで都市部の住人は田舎のリアリティがわからない、と書いたけれども、逆に田舎者は都会のリアリティが本当に分かっているのか、というと、私個人の話としては、京阪神とか名古屋についてはわからないではないが、東京のリアリティは正直なところよく分からない。(私が果たして田舎者なのかどうか、という件についてはここでは脇に置いといてください)

 私は東京に住んだことがないため、東京から一歩も出たことがないタイプの東京人の知り合いがほとんどいない。そのためか、私の東京のイメージは、メディア等からよりも、リアル知人から聞く東京の話に影響されているようだ。私は関西圏が出たことがないため、東京に住んだことのある/住んでいる関西人からの話を聞くことが多いのだが、一般に関西人は東京をあまり好ましく思っておらず、ややネガティブな印象を持ちがちとされていて、さらには話を盛ったりしがちでもあってw、東京は冷たいとかいう話を自身の数少ない経験からも、まあそんなもんかなぁ、と思ってしまっている。

 ただ、東京は一般に田舎者の集まりだとも言われていて、今や日本のみならず世界中から人を集める世界有数のメガロポリスであり、たまに行くとその多種多様な人々の群れに圧倒されてしまう。子供のときからこうした文化の中で生きていくということが何を意味するのか、小学生時代の一時期だけ東京に住んでいた知人曰く、「小学生時代から大人顔負けの情報のやり取りを普通にやっていて、ついていけんかった」のだそうで、今でも東京の人と話してて思うのは、手持ちの情報を互いに出し合うやり取りが多いなぁ、という印象を持ったりしている。関西圏だと話にオチをつけることが多いのだが、東京人の会話はそういうオチは目指さずに互いに情報をやり取りすることに面白みを感じている人が多いイメージ。

 よく言われるように東京人には生粋の東京人と上京してきた東京人の大きく二種類あって、想像するに、それぞれ交わりは当然あるだろうけど、居心地のよさを感じるのは同じ境遇の者同士ではないかと思われる。そして、上京東京人と生粋東京人の間にある壁は実は巨大で文化資本から何から圧倒的に差があって、生粋東京人の真似は上京東京人にはよほど無駄に苦労を一杯しないと無理なのではないかと思われる。

 今、育児中ということで思うのは生粋東京人の育児は上京東京人の育児と違って、実親が頼れる、という非常に大きなアドバンテージがあり、つい先日も子供の風邪が親に移って、大変だったのだが、そういう場合に無条件に子供に愛情を持って無料で見てくれる人が近くにいる、という安心感があるのとないのとでは大きな差がある。親が近くにいると保育園入所ポイントがいくらか下がるのだろうが、それでも入れる場合が多いだろうし、その辺り、情強ぶりをいかんなく発揮して、うまく立ち回ってるんだろうなぁ、と想像というか妄想してしまう。

 一口の東京といっても、区によって大きく雰囲気は異なっており、俗に山手線の内側云々の話があるが、区ごとにそうした細かいイメージの違いがあるものと想像される(私はそうした話を知識としてちょっとは知っているがたいていは何の生産性もない話に落ち着くので、積極的に知りたいとは思わないけれども)。

 東京人の弱みという点では、周囲にすごい人や環境がありすぎて、良くも悪くも「井の中の蛙」になれず、無知の強みが発揮できない点にあるのではないかと思っている。生粋東京人からすると上京東京人がガツガツしてて怖いみたいなイメージがあるみたいだが、良くも悪くも洗練されているが故の弱さのようなものがあるように思う。

 巨大で強いものは多少ディスってもいい、というのはちょっとあって、東京disも多少入れつつ、縷々述べてまいりましたが、毎度言うことだが、東京の人は多様であり、例外だらけと言ってもよく、母数が私の数少ない東京体験という、頼りない統計であり、あまり特段述べることもないのだが、なんとなく昨日の流れで書いてみました。

 あと、東日本への引越を検討中ということもあり、行く前に東京について覚書的に書いておこうかな、というのもあって。

 嫁さんは東日本の人で、しばらく関西で「我慢」してもらったこともあり、ホーム&アウェイで私が我慢する期間もあっていいのでは、と前から考えていたのでした。仕事を滋賀南部ですることを検討していたんですけど、一旦ここでの仕事探しを中止し、東日本での仕事を探そうと思っております。なんかいい話あったら、ご一報いただければうれしいです。

トランプ大統領誕生で思ったこと ~ 大都市圏で生まれ育ち、そこから一歩も外に出たことがない人は田舎のリアリティがわからない

 ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ合衆国大統領に当選した。その背景は様々に言われており、どれもその通りなんだろうと思う。

 今回、特に多くのメディアなり識者がクリントン大統領誕生を予想していたが外れた、という点を興味深く思った。背景として、彼らが隠れトランプ支持者の数を読み誤った、ということがあるようだ。

 CNN出口調査を見ていて興味深いと思った点をあげていくと、人種では白人と非白人での支持率の違いが鮮明で、非白人の74%がクリントン支持、21%がトランプ支持であるのに対し、白人の58%がトランプ支持、37%がクリントン支持となっている。今回の調査での白人率は70%であるので、全回答者24537人中、白人のトランプ支持者が約10000人に対し、非白人のクリントン支持者は5000人強であり、いくら移民の国とはいえ、まだまだアメリカが白人マジョリティの国であることを思い出させてくれる。

 概ね女性はどの人種でもクリントン支持に回ったようだが、黒人女性に至っては94%がクリントン支持とのことで、トランプ忌避心理の大きさを物語っている。

 普段選挙に行かない人がトランプに投票した、という話があるが、初めて選挙に行った人は全体の1割、そのうち56%がクリントンに投票となっている。若年層はクリントンに投票したようなので、その影響が強いのかもしれない。

 クリントンもトランプも嫌だ、という人が多いと聞いていたが、「opinion of clinton and trump」に対し、18%だけがどちらも「unfavorable(好ましくない)」と答えている。

 私の関心分野の都市と田舎については、以下の通り

 都市部在住者が全体の34%でそのうちクリントン支持が59%、トランプ支持が35%
 都市郊外在住者が全体の45%でそのうちクリントン支持が45%、トランプ支持が50%
 田舎在住者が全体の17%でそのうちクリントン支持が34%、トランプ支持が62%

 都市部はクリントン、郊外と田舎はトランプということになるだろう。メディアや識者の多くが居住する都市部ではクリントン支持者が多い、という点が今回予測を見誤った大きな要因といえるのではないか。

 これはアメリカに限った話でなく、日本でも同様だと思う。田舎からは都市部の有り様はある程度わかる。住んだことがあったりするし、メディア等で様々な角度からの情報が流れてくるので嫌でも知ることになる。一方、都市部居住者は関心がある人以外は田舎のことを知る機会に乏しい。知らなくても普通に生活できてしまう。スーパーの野菜売り場などは数少ない接点じゃないかと思うが、最近高くなってきたなぁ、とか、ほとんど値段しか関心を持てないのではないか。あとは放射能騒動のときに顕になったように、産地表示は関心は持たれているだろうが、誰がどういう思いを持って作っているかとか、なかなか想像しづらい。

 私は常々、様々な政策を実質実行している中央の行政担当者の多くが大都市圏で生まれ育ち、そこから一歩も外に出たことがないような人たちで構成されているのではないか、とにらんでいる。特に50代より下で。裏付けるデータは見たことがないので、確定的なことはいえないが、大きくは外していないと思う。

 都市部居住者には田舎のリアリティを知るようにしてほしいと願うのだが、中国の文革時代の下放みたいなことは出来ないだろうし、何か妙案はないものか。やはり、こうした「地方からのしっぺ返し」がないとどないも動かないのかもな。

所有林の確認がてら山に行ってきたが境が分からず困る

 相続で引き継いだ山林があるのは知っていたが、行ったこともない場所が大半で、まずは確認、ということで、いろいろ動いているところ。聞くと、ひとまず森林簿というので確認できるということを聞き、最寄りの湖北森林整備事務所というところにいって、森林簿を閲覧してきた。先日からコピーもOKになったとのことで、コピーをもらってきた。PDFにもしてもらえるようだが、この日はまだ出来なかった。

 この森林簿で全部わかるかというと、そうではなくて、かなりアバウトに線が引かれていて、実際のところ、現地に行くなり、近所の方に話を聞くなどしないとわからない。それでも、登記されている地番と照らし合わせるとおおまかにあの辺りにあるのだな、ということはわかる。

 しかし、現場に行っても、正直、よくわからない。特に問題となるのは境界で、聞くと、たいていはフクラシという常緑樹が植えてあるそうなのだが、その姿が見えない。境の木としては、スギ林の場合、ヒノキで一列に植えることで境としている箇所もあるとのことだが、この場所はそういうわけでもなさそうだ。

 他に尾根や谷筋が境となるとの話もあるので、地形と位置関係を照合して、なんとなくここかな、というのはわかったが、境については大変心もとない。全国でこんな状態になっている、ということは、もうその制度設計というか、仕組み自体に問題があるということなんだろう。というか、林業が未だ前近代をベースにしている、ということなのか。

 ひとまず、撮影した写真をアップしておきます。(所有林以外も含む)

枯れ木 所有林の確認
枯れ木があちこちにあって、倒木だらけでもあり、荒廃が進んでいる様子
岩場だらけの山1 所有林の確認
今回確認した場所はもっとも大きな面積のところだったが、岩が露出していて、植林する場としては不適格なようで、状態の良い木が少なかった。
岩場だらけの山2 所有林の確認
岩が露出する場所が多数。歩くのも大変。
倒木と小さな滝 所有林の確認
歩いていると小さな滝に遭遇。倒木だらけで荒れており、木をまたぎながらの散策となる。(所有林の範囲外)
けもの道 所有林の確認
道がいくつもあるので、人が通ったあとかな、と思いかけたが、まず人が来ないところなので、間違いなくけもの道。結構あちこちに走っている
鹿の食害跡 所有林の確認
多分鹿の食害の跡か。こうして皮をめくられると、もう杉の木は育たなくなるので、テープを巻いている人もいるが、そうして手入れしている人はごくごく少数。
小動物の顎の骨 所有林の確認
何かの小動物の顎の骨。ここで動物が死んでいた、ということか。
猟銃の薬莢 所有林の確認
HIT MASTERと書かれた猟銃の薬莢。そういえば、祖母と山を歩いていてい、猟師と会ったことがあるのを思い出した。
山のゴミ 所有林の確認
たまに増水する川の川沿いとはいえ、この高さまで来る可能性はないという位置にあった牛ふん袋
炭焼き小屋の跡1 所有林の確認
炭焼き小屋の跡もあちこちにあった。
炭焼き小屋の跡2 所有林の確認
炭焼き小屋正面から。真ん中が出入り口になっていて、この上に三角屋根の小屋が立っていた(はず)
杉林の中のケヤキ 所有林の確認
杉ばかりの木立に立つケヤキの木。数少ない広葉樹。
切り株が残る 所有林の確認
近所のおっちゃんによると、ここにはよいケヤキがあったが、祖母が頼まれて切ってしまったとのこと。写真では手前から3つほどまあまあの大きさの切り株があるので、そこそこ立派な木だったのか。
山中にある平地の杉木立 所有林の確認
急な斜面ばかりの山を登って行くとなだらかな場所に出てきた。急斜面の杉は状態がよくないが、ここは比較的よい状態。残念ながら所有林の範囲外だが。

スチールのチェーンソーMS201をついに買ってしまった

 先週土日はまた二回目となる自伐型林業研修会に参加してきた。参加者がさらに少なくなり、経験のほとんどない一参加者としてはラッキーなことに、ほとんどプライベートレッスン状態となって、実技や安全面での心構えなど、多方面から様々な事柄を教えていただいた。

 今回もまた林業の奥深さを知ることとなったが、今回知ったことを徐々に自らの体験として知っていくのと最初に知っておくのとでは大変な違いがある。ある未知の分野に挑むとき、最初にこうしたレッスンを受けておくことは時間の節約になるし、我流のクセがつきにくくなるだろうから、自分で少しずつ知る楽しみというものの意義を認めるものではあるが、特に危険と隣合わせの事柄の場合、可能であれば最初からみっちりと仕込んでもらうのがよいと思う。

 今後、どれだけ本気で取り組めるかわからないし、いずれ引っ越すことになるので、どうしようか買う直前まで迷っていたが、昨日、意を決してチェーンソーを買うことにした。チェーンソーの扱いについては、初心者が知るべき事柄はほぼ伝授してもらったと思っているので、そういう面の心配はないが、これからどれだけ使い込んでいけるのか、という点は買ってしまった今も懸念事項ではある。とにかく、これをただの「高いおもちゃ」にしないようにしたいところ。

 今回買ったチェーンソーはスチールというドイツのメーカーの山林作業用のもので、決して安い買い物ではない。ホームセンターなどでは10000円程度で売っているものもあるが、アフターメンテなどの点では期待すべくもなく、ほとんど使い捨て感覚で使うべきもののようだ。講師の方が言っておられたが、最寄りの取扱店が扱っているメーカーのにしておくと、故障した時も対応してもらえるので、そこで買っておくと良い、とのことで、どのメーカーのものを買うか、という点ではあまり悩む必要はなかった。機種についても、私の用途(山林作業用)と希望(軽量であること)を考慮するとほぼ一択といってよく「STIHL MS201 C-M」というのを購入することになった。買うかどうかは最後まで悩んだのであるが。

 昨日は最寄りのチェーンソー取扱店である藤田機械店でフェアが開催されていて、スチールの社員の方もおられ、またしてもありがたくもチェーンソー講習を受けた形となった。とにかく、奥が深い世界でチェーンソー一つとっても、様々な極意があり、今回、最初からそうした知識を身につけた上で山に入れるのは大変よかったと思っている。

 今後、これを主な収入源とすることは現実として大変困難なので、基本的にはその可能性は大変低いが、それでも副業としてある程度成立させるところまではいきたいと思い始めている。木材は宅配便で配送、というわけにはいかない世界なので、伐採する地域の需給状況もあって、なかなか個人で生業(なりわい)として成立させるのは簡単ではないことは重々承知しつつも、森林の多い日本で林業従事者が増えること自体の社会的要請は間違いなくあるだろうし、まずは荒廃した自分の山の手入れから始めることとして、あまり身の丈に合わないようなことはせず、出来る範囲で始めようかと思っている。

STIHL MS201の箱
様々な言語で書かれたスチールチェーンソーの外箱。ウクライナ語だけMで始まる言葉ではないのが興味深い。(ベンジン(ガソリン)のピラー(のこぎり)という意味)